インターネット上での誹謗(ひぼう)中傷や差別を助長する投稿などが社会問題化する中、人権が尊重される社会づくりを目指す佐賀県の条例が今年3月、施行された。ネット利用が身近になった社会に合わせ、四半世紀ぶりの条例“刷新”となる。交流サイト(SNS)でのやりとりが社会に広く浸透し、誰でも被害・加害の当事者になる可能性はある。ネットの特性を理解し、子どもから高齢者まで全世代へのデジタルエチケットの教育・啓発を進めたい。
ネットの人権侵害は年々深刻さを増している。2021年度にSNSなどを通じて嫌がらせを受けるネットいじめは全国で2万件を超えた。テレビ出演を巡りSNSで中傷された女子プロレスラーの木村花さんが20年5月に自ら命を絶ったことは記憶に新しい。5月中旬には、飲食店の女性が志村けんさんに新型コロナウイルスをうつしたというデマがSNSなどで拡散されたとして、投稿した26人が大阪地裁に提訴された。
佐賀県が21年秋に実施した「人権に関する県民意識調査」でもインターネットによる人権侵害は関心が高く、全体で最も多い6割近くに上った。13年の調査を15ポイント以上も上回っており、コロナ禍もあって急速に進んだネット環境を反映しているといえるだろう。
ネット掲示板などを対象にした県のモニタリング調査によると18年10月から23年1月までに、被差別部落の地名をさらすなどの問題が131件、個人を感染源と決めつけるといったコロナ関係が15件、ヘイトスピーチなど外国人関係3件となっている。これらも踏まえ、県は1998年に施行した「県人権の尊重に関する条例」を廃止、新たな条例を制定した。
県が3月13日に施行した条例の正式名称は「全ての佐賀県民が一人一人の人権を共に認め合い、支え合う社会づくりを進める条例」。誹謗中傷などの禁止を規定した上で、ネットに関する条項を新たに盛り込んだことが特徴だ。県の役割として、表現の自由に留意しつつ、誹謗中傷を防止するための教育や啓発に取り組むことを明記し、必要に応じて文書、動画などの投稿をプロバイダーに削除要請する項目も盛り込んだ。
県は条例施行後、モニタリング調査を週1回から毎日実施に増やした。県教育委員会は小学1年から高校3年までを対象に、ネットの使い方の教材を作成し、昨年度までにDVDを全校に配布。ネットの説明、メールやSNSの使い方、動画配信の方法、情報の真偽の見極めなどさまざまな内容で、本年度は十分な活用につなげていく考えだ。
ネットへの投稿は匿名性や拡散のしやすさもあり、人権侵害は個人情報の暴露や性暴力、フェイクニュース、ネット犯罪など多岐にわたる。地域の限定が難しいネット空間では県条例のような枠組みだけでは限界があり、防止に向けては利用者が正しい知識やリスクを理解する教育・啓発が欠かせない。ネット利用は子どもから高齢者まで幅広く、地域での活動も進めたい。誰もが当事者意識を持ち、官民が連携して社会のデジタルエチケットを向上させていく意識と具体的な取り組みが必要だろう。
学校や職場、仲間同士でもSNSなどで書き込みをする機会は増えている。親しい間柄で顔を合わせれば伝わる簡単な言葉でも、文面だけなら「冷たい」と感じる人も多いだろう。普段のやりとりで気を配ることから始めたい。(林大介)