「親が作る姿」記憶に
小城市牛津町の住宅街。週末のリビングに親せき一家を加えた2家族10人が集まり、泉万里江さん(44)が用意した鍋を囲んだ。家族がくつろぎ、にぎやかに過ごす食事の時間。万里江さんは週1回は必ず、こうしたひとときを作っている。
夫と中1、中3の子ども、そして義母の5人家族。出張続きの夫が自宅で過ごす日はまばらで、子どもたちは塾や部活などで慌ただしい。
万里江さんも託児所を経営する傍ら、PTA役員など「1人5役」をこなす忙しさ。それでも毎日、玄米を精米器にかけてご飯を炊き、わずか30分の昼休みも自宅と託児所を自転車で往復し、夕食の支度をする。「わたしなんてまだまだ。友人は仕事で帰りが深夜になっても徹夜し、完ぺきな弁当を作っていますよ」。そう付け加えた。
栄養バランスを欠いた食事や孤食、朝食欠食などで食の危機が強まり、「食育」の必要性が指摘されて久しい。ただ洪水のように押し寄せてくる情報や、こうあらねばならないという”正論”が、食に関心の高い母親らにプレッシャーを与えている。
「3食食べる」継続
「食育という言葉に、精神的にまいってしまったことがある」。県東部に住む30代女性は打ち明ける。料理への苦手意識も手伝い、子どもの食事をきちんとしなければと思うほど焦りが募り、悩んだ。
仕事を終え、急いで晩ご飯を作っていたとき。小学生の息子に「学校の給食もおいしいけど、お母さんが作ってくれたご飯が僕は好きだよ」と言われ、涙が止まらなくなった。これを機に、ふっと心が軽くなり、あれもこれもと頑張りすぎず、今は基本の「3食食べる」を継続している。
「正直、食事の支度がなければ、あの仕事が片付く、この仕事も…と思うことはあります」と万里江さん。ただ日常に追われながらも、子どもたちが家から巣立っていき、一人暮らしを始める数年後が頭をよぎる。
踏みとどまる力を
「親が作っている姿を見ていれば、おなかが減ったときに安易に買ってくるのではなく、自分で作ってみようと努力するはず」。食事づくりは単純な日々の栄養摂取の問題だけではなく、”食にまつわる記憶”を育てる責任も伴う。
母親のまね事をしたがる幼少期。「余計手がかかるからしなくていい」と拒まず、子ども用の包丁を持たせて一緒に台所に立った。10年以上がたった今、子どもたちは「今週の週末は?」と楽しい食卓を心待ちにする。おなかが減るとリンゴをむいたり、ご飯を炊いたり、自分でするようになった。
「まあ、いいか」と一度思うと、便利で手軽なものになだれこんでしまいそうな時代。だからこそ、食に対して関心を持ち、踏みとどまる力を身に付けてほしいと思う。食卓を担う親たちの試行錯誤が続く。
【写真】家庭用の精米器に、この日の夕食で食べる量の玄米を入れる泉さん=小城市牛津町
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