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東肥前の神々 筑豊の資源と彦山 歴史の裏に経済支配力

2017年08月12日 07時20分

彦山の南、福岡県香春町に残る銅の採掘坑「間歩」(まぶ)。ここの銅で宇佐八幡宮の「御神鏡」を造ったという
彦山の南、福岡県香春町に残る銅の採掘坑「間歩」(まぶ)。ここの銅で宇佐八幡宮の「御神鏡」を造ったという

 雲わく峰「彦山」。彦山連山の特徴ある山容は海底の溶岩が隆起してできたものである。

 北部九州の山々、脊振・九千部など日本列島の背骨「みずほ造山帯」の下に、海洋プレート「フィリピン海プレート」が潜り込み、海底サンゴ礁の石灰岩と海底溶岩、海底火山の熱水によって海底に集積された金銀銅、さらに海底に沈んだ石灰層を押し上げて、天然の鉱物資源に満ちた筑豊の山々と盆地を作りあげた。

 関東では同じようにして秩父山地ができる。武蔵( むさし )(東京都・埼玉県南部)と甲斐(かい)(山梨県)の分水嶺、「武甲山(ぶこうさん)」は北関東の霊峰として「秩父観音霊場」の中心であるが、武甲山の西半は石灰岩、東半は隆起溶岩であり、山々に眠る金・銀・銅が戦国武将・武田氏や北条氏の繁栄をもたらし、秩父石灰岩のセメントが東京をはじめとする関東平野の近代化を支える。

 筑豊でも奈良時代にはすでに香春( かわら )で「銅」の採掘が始まって「宇佐八幡宮」の繁栄をもたらし、中世には彦山に「銅板経」や「懸仏(かけほとけ)」などの仏具を供し香春カルストの石灰岩、筑豊炭田の石炭が福岡・北九州の近代化を進める。

 異様な山容を示す各地の「霊山」には分水嶺としての自然支配力、潜在する鉱物資源による経済支配力が歴史の裏に隠されている可能性がある。

(高尾平良・鳥栖歴史研究会常任講師)

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