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地域と縁 藩祖・直茂公400回忌

高伝寺で大遠忌法要

2017年07月25日 09時31分

本堂で合掌し、厳かに鍋島直茂公の大遠忌法要を行う住職と参列者=佐賀市の高伝寺
本堂で合掌し、厳かに鍋島直茂公の大遠忌法要を行う住職と参列者=佐賀市の高伝寺
「鍋島直茂像」(公益財団法人鍋島報效会蔵)
「鍋島直茂像」(公益財団法人鍋島報效会蔵)

■15代当主ら遺徳偲ぶ

 佐賀藩の「藩祖」として親しまれてきた鍋島直茂(1538~1618年)の命日にあたる24日、佐賀市にある菩提寺(ぼだいじ)の高伝寺で400回忌の大遠忌(だいおんき)法要が営まれた。鍋島家関係者から一般まで約80人が参列し、直茂公の遺徳をしのんだ。

 戦国時代、佐賀を治めていた龍造寺隆信が沖田畷(おきたなわて)の戦いで戦死。家臣だった直茂が龍造寺家の家督を継ぎ、佐賀藩の基礎をつくり上げた。直茂は藩主を名乗らず、長男勝茂が初代藩主を務めた。関ケ原の戦いでは徳川家康とも通じ、したたかな情勢判断力で難局を乗り切っている。直茂が残した遺訓「御壁書(おかべがき)」は歴代藩主の手本とされた。

 同寺で営まれた法要では、直茂公の位牌(いはい)を須弥壇(しゅみだん)に上げ、僧侶らが般若心経(はんにゃしんぎょう)や観音経を唱えた。続いて同寺の高閑者廣憲(たかがわこうけん)住職が、直茂の教えや思いを韻(いん)を踏んだ漢詩で表現した法話を披露。「世界に向かって仏教を説き、国や地域を超え、響くものにしてほしい」と呼び掛けた。

 15代鍋島家当主で公益社団法人理事長の鍋島直晶(なおまさ)さんが「直茂公の時代から地域との深い縁(えにし)が始まった。これからも関係が紡がれていくと感じている」と謝辞を述べた。

 鍋島家と、同家に伝来する美術・歴史資料を管理する鍋島報效会が主催した。

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