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幕末のトップランナー再認識 維新150年シンポ

先駆の「佐賀モデル」創造を

2017年03月13日 09時40分

歴史や経済の専門家らが鍋島直正の偉業を基に佐賀県の活性化について語り合ったシンポジウム=佐賀市のアバンセ
歴史や経済の専門家らが鍋島直正の偉業を基に佐賀県の活性化について語り合ったシンポジウム=佐賀市のアバンセ

■人材育成、改革手法…今も共感

 幕末期、佐賀藩は近代化のトップランナーだった-。佐賀県が開いた明治維新150年記念シンポジウムでは、世界の列強から日本を守るため、10代藩主鍋島直正が西洋技術を取り入れた先駆性を再評価した。人材育成の在り方、改革の進め方は現代に通じる点も会場の共感を呼んだ。

 「明治日本の産業革命の基を作ったのは佐賀藩だった」。経済評論家の岡田晃さんは、世界遺産に登録された鹿児島・山口県に残る鉄の溶解炉「反射炉」について「最初に実用化させた佐賀藩を見本にした。直正がペリー来航前から着々と準備してきたことに先見の明を感じる」。歴史小説家の植松三十里さんも「科学技術で諸藩をリードし、日本の重工業の扉を開けた」と評価した。

 鉄製大砲の鋳造、実用的な蒸気船の建造を日本で初めてなし得た背景には人材育成に鍵があった。

 歴史学者の磯田道史さんは「藩校で勉強ができた人を役人に選抜した。要職が世襲制だった他藩と大きく異なる」と能力主義で優秀な技術者が育った点を強調した。重工業のモデルを作った佐賀藩の先駆性に学ぶよう求めて「佐賀は急成長する中国と距離が近く土地もある。アジアとの付き合い方、観光やサービス業で『佐賀モデル』を作れるはず。歴史を見ることで未来が分かる」と助言した。

 鍋島報效会の富田紘次学芸員は「最初は重臣から改革を反発されたが、みんなでやろうという姿勢で受け入れられた。『オール佐賀』で取り組む姿勢は今も参考になるのでは」と指摘、山口祥義知事は「技術や人、志をもう一度高める事業を県民みんなで考えていこう」と呼び掛けた。

 会場は歴史ファンら約300人で埋まった。佐賀市の守田静恵さん(79)は「熊本から移住した時に『佐賀は何もなか』と言われたが、そんなことはなかった」と勇気づけられたと語った。三養基郡みやき町の立野彰一さん(69)は「歴史を見直すことで佐賀人としての方向性が見えてくる気がする」と期待を寄せた。

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