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バシー海峡の戦没者慰霊 小城市の吉田住職読経

2015年08月03日 14時45分

2日、台湾南端の岬で父親が戦死したバシー海峡に向かって読経する吉田宗利住職(共同)
2日、台湾南端の岬で父親が戦死したバシー海峡に向かって読経する吉田宗利住職(共同)

 【恒春共同】台湾南端の屏東県恒春の岬にある「潮音寺」で2日、台湾とフィリピンの間のバシー海峡で戦死した日本人将兵の戦後70年の慰霊祭が行われ、日本から訪れた遺族を含め約160人が参列した。日本の対台湾窓口機関、交流協会台北事務所の沼田幹男代表(大使に相当)も参列し、李登輝元台湾総統らからの花輪も多数供えられた。

 同海峡や周辺海域では大戦中に多数の旧日本軍の輸送船が米潜水艦の魚雷攻撃などで沈められ、10万人以上が死亡したともいわれるが正確な死者数は不明。潮音寺は、1944年に撃沈された輸送船に乗っていて奇跡的に生還した故中嶋秀次さん=静岡市出身=が、81年に建立した。

 慰霊祭では、駆逐艦艦長を務めていてバシー海峡で沈められ戦死した父親を持つ吉田宗利住職(73)=小城市=が読経。中嶋さんの妻、千代子さん(83)も静岡市から訪れて手を合わせた。

 吉田住職は「父親と別れてから70年たったが、ここまで来られてお経も上げられて、亡くなった人々も喜んでいると思う」と話した。【共同】

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