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| 裏方6年 再び聖地へ―佐賀商 森田剛史監督 (08年7月22日) | |
36歳・新人指揮官 勝負師の顔アマ球界から母校教師に 「内容より結果、1点でも多く」9回裏二死一、二塁。センター頭上を襲う打球をベンチから身を乗り出して見つめた。抜ければ同点という打球を中堅手が背走して好捕。その瞬間、赤いメガホンを天に突き上げた。全国高校野球選手権佐賀大会決勝。母校「佐賀商」をコーチ、部長として6年間、支え続けたアマ球界のスターが監督就任1年目の今年、伝統校の重圧をはねのけ、一気に頂点に駆け上がった。 森田剛史監督(36)。現役時代は日の当たる場所を歩き続けた。巧打の内野手として3度、甲子園の土を踏んだ。東都大学リーグの亜細亜大では4番。ベストナイン3回。社会人の日本石油でも中軸を担った。
「現役は限界かな」。社会人5年目。会社に残ることもできたが「野球の仕事がしたい」。高校野球の指導者を選んだ。その道は決して楽ではなかった。高校講師などの傍ら、採用試験に向けて1日11時間にも及ぶ猛勉強に励んだ。支えたのは「野球がしたい」という熱い思いと、その野球で培った根性だった。 2002年4月。4度目の受験で念願がかなう。初任地は母校。田代孝監督(現唐津商部長)の下、コーチに就任した。しかし、甲子園まで乗り込んでも、白星が遠い。現役時代の華麗な経歴を知る関係者は「お前がいてなんで勝てないんだ」。伝統校ゆえの非難の声も浴びた。 「絶対に監督をしたい」とは思わなかった。今年4月、監督に就任しても「これまで通り」。肩に力を入れるわけでもなく、重圧もさほど感じなかった。だが、「夏」は違った。大会が始まると目に見えないプレッシャーが1年生監督を襲う。2、3回戦では自分たちの野球ができなかった。「佐商がこんなところで負けられない」。伝統校の指揮官の重圧を知った。 新人対32年目のベテラン監督の戦いとなった決勝。試合前、森田監督は心に決めていた。「内容はどうでもいい。結果として1点でも多く勝っていればいい」 1回表、1点を先制した後、4番に初球スクイズを命じた。「次の1点はダメージが違う。是が非でも欲しかった」。高校野球、全日本大学、社会人時代、取り返しのきかないトーナメントの怖さを熟知しているがゆえのサインだった。 結果はファウルで追加点は奪えなかった。しかし、敵将の平野國隆監督は「監督として初の決勝。普通の新人監督なら舞い上がって初球にあのサインは出せない。しかし、森田君ならやると思っていた。これまでの経験だろうね」。 励ましのメール 試合前日、小学校時代からの”ライバル”からメールがあった。佐賀商で一緒に甲子園の土を踏み、監督としては「先輩」に当たる元駒大苫小牧監督の香田誉士史氏(現鶴見大監督)。「頑張ってくれ」。激励のメールに結果で応えた。 ライバルが一足先に脚光を浴びた全国舞台に、やっとデビューする。「(香田監督には)甲子園の招待状でも送りますよ」。指導者としての新たな一歩を踏み出した1年生監督は、名門佐賀商として11年ぶりの「夏1勝」を目指す。 【写真】攻撃前にナインに指示を出す佐賀商の森田監督(左から3人目)=佐賀市のみどりの森県営球場 |







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