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8月25日付
 戦時中、時局に殉じた上野動物園の動物たちを紹介した小欄「かわいそうな象」(17日付)を読んだ佐賀市大和町の森直さん(67)から「園長の古賀忠道さんの名前がありません」と手紙で指摘があった◆1882(明治15)年3月20日に開園した上野動物園。古賀忠道は小城町(現小城市)出身で上野動物園の初代園長を務めた人である。森さんは「私が申し上げたいのは佐賀県出身者が戦時中、事にあたっていた-ことを言いたかったのです」と謙虚に、佐賀ゆかりの「古賀忠道」の名が文章の中になかったことを残念がっている◆古賀忠道は旧制佐賀中学で学び、東京帝大農学部獣医科を卒業した俊才。卒業と同時に東京市公園課に就職し上野動物園に勤務。1937年、それまでなかった「園長」が置かれるようになって抜擢(ばってき)された。現役時代はもちろん、引退してからも動物と人との望ましい関係を常に求めた人である◆上野動物園だけでなく各地の動物園の発展に生涯をささげ、時として戦争や内乱に巻き込まれる世界の動物園のことをも憂えて「動物園は平和なり」を願いとした。森さんは古賀忠道の遠縁ということもあるが、それよりもわが国の動物園史を語る上で忘れてはならない郷土の誇りともいえる人物に少しぐらい触れてほしかったのだ◆実は、戦争の激化で多くの動物たちが処分された1943年当時、古賀忠道は東京・世田谷の陸軍獣医学校の教官として従軍しており、代わりに飼育課長福田三郎が園長代理として園運営の指揮に当たっていたために触れなかったのだが、森さんの指摘通り「郷土の新聞なら古賀忠道に触れるべき」だった◆常に郷土の偉大な先人たちに学ぶ視点を忘れぬように-。自戒したい。(賢)