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 佐賀北が好機に畳み掛ける集中打と万全の投手リレーで鹿島を下し、7年ぶり2回目の「全国切符」をつかんだ。佐賀郡久保田町のみどりの森県営球場で24日あった第89回全国高校野球選手権佐賀大会決勝。佐賀北は3回、副島の先制打など4安打を集め3点を先制。4回に1点を追加した後の5回にも、再び4安打を集中、一挙4点を奪い試合を決めた。鹿島は佐賀北の馬場、久保という継投で4安打に抑えられた。
2007年7月24日 決勝

佐賀北 11-0 鹿島  (みどりの森県営球場)

 

鹿 島

佐賀北

× 11

(佐賀北は7年ぶり2度目の優勝)

【鹿島】
一ノ瀬-江頭

【佐賀北】
馬場、久保-市丸

▽三塁打 市丸2、馬場(佐)
▽二塁打 副島(佐)

鹿 島

30











佐賀北

36

17

11



佐賀北 好機に集中打―17安打 自慢の打線爆発

写真
【鹿島―佐賀北】佐賀北3回裏2死三塁、副島が左前適時打を放ち先制する=みどりの森県営球場

 佐賀北打線が長打4本を含む17安打を放ち、鹿島の左腕エース一ノ瀬を攻略。5回までに8点を奪い、前半で試合をほぼ決定づけた。

 3回表、二死三塁の好機に副島が左前適時打を放ち先制。続く市丸が右翼への適時三塁打、大串も中前適時打で続き3-0とリードを広げた。準決勝までの戦い同様、好機で一気に畳み掛ける打線の集中力は見事だった。4回は二死走者なしから1点。5回も二死後から下位打線の3連打などで4点を追加した。ボールへと外れていく球の見極めが徹底されていた。

 先発の左腕・馬場は、キレのいい直球に変化球を織り交ぜ6回までを被安打3と好投。7回から救援した久保が、3連続を含む4三振の力投で締めた。

 鹿島は初回、先頭の大久保が中前打で出塁したが、捕手からのけん制で憤死したことが痛かった。6回は大久保、赤木の連打で二死一、三塁としたが無得点に終わった。

ハイライト

3番副島 つなぎ徹し流れ呼ぶ

 3回裏、二死三塁。打席には今大会4割6分2厘とあたっている3番副島浩史が入った。第1打席の初回一死二塁では、点がほしいあまりに初球を引っ張りレフトフライに終わっていた。甲子園切符をかけた大一番。再び回ってきた好機に、副島はある「教訓」を思い出していた。

 チームは6月のNHK杯を制覇したものの、パワー頼みの粗い打撃が目立った。「大振りするな」。大会後、百崎監督から指摘され、練習、試合を通しチーム全体でミート中心の打撃の浸透に心掛けた。「(4番)市丸につなぐ」。一発も狙える3番打者の心は決まった。

 カウント2-3。外角の変化球を狙っていたが、来たのは真ん中チェンジアップ。タイミングを外されたものの、左前に運んだ。先制の適時打。大振りでは相手投手の術中にはまる球。チームが追求してきた「コンパクト」の意識が生んだ一打。続く市丸大介、大串亮平の適時打で一気にたたみ掛けた。

 冬場に限らず、足腰の強化と体力向上のためのトレーニングを実施。スクワット、インターバル走など全体練習の3分の1は体力強化に充て、下半身を徹底的に鍛えた。それが鋭いバットスイングにも耐えうる「土台」となった。

 新チーム発足時から、県だけでなく全国で勝てるチームを目指してきた。今大会、チーム本塁打はゼロながら1点の積み重ねが、度重なる「ビッグイニング」を生んできた。市丸主将は「甲子園でもつなぎに徹し、確実に1点を取っていきたい」。見えてきた理想の攻撃を、大舞台でも貫く。

捕手市丸 けん制絶妙―初回 鹿島の勢い絶つ

写真
【鹿島―佐賀北】鹿島1回表無死一塁。佐賀北の捕手市丸のけん制で鹿島の一走大久保が刺される。タッチする佐賀北の田中=みどりの森県営球場
 立ち上がりの一つのプレーが試合の流れを変えた。一回表無死一塁、捕手市丸大介のけん制で一塁走者を刺した佐賀北内野陣の絶妙なピックオフプレー。前日のサヨナラ勝ちで意気上がる鹿島の勢いを断ち切った。

 先頭打者安打で「嫌な雰囲気になりそうだった」という市丸。2番赤木への初球はバントファール。その時、一塁走者のリードが大きいのを見逃さなかった。「刺せる」。2球目にピックオフプレーのサインを出した。

 投球に合わせ一塁手がダッシュし、二塁手がベースカバーに入る。投球は外に外し、飛び出した走者を狙い通りに仕留めた。「練習通りのプレーですよ」と簡単に振り返った市丸。しかし、百崎監督は「あれは大きかった。練習でできることが、きちんと試合で出せることが大切。しっかり褒めましたよ」と、大舞台で見せたナインの成長を評価していた。

足で貴重な追加点 9番馬場崎

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【鹿島―佐賀北】佐賀北4回裏二死二塁、1番辻の左前打で、二塁から一気に生還する馬場崎=みどりの森県営球場
 自慢の俊足で貴重な追加点を奪った。佐賀北の9番馬場崎俊也。4回二死から四球で出塁、すかさず盗塁し、1番辻尭人の左前打で捕手のタッチをかいくぐり本塁を陥れた。

 鹿島の投手一ノ瀬は今大会、巧みなけん制で何度もピンチを切り抜けていた。試合前、学校でけん制対策の練習を組んだ。「けん制の時は軸足がまっすぐで、投球の時は沈む」

 3回に出塁した際、2回のけん制を受けた。分析通りだった。「これなら盗める」。そして4回。サインは「行けたら行け」。リードは控え、スタートにかけてしっかり決めた。

 本塁を突いた走塁でも見せた。タイミングはアウト。しかし、捕手の捕球位置を冷静に見極め、左に回り込み、タッチをすり抜けた。

 「ヒットより足を使ってつなぐことが自分の役割。甲子園でも走ります」。ここぞの集中打が持ち味の佐賀北打線で、キラリと光る韋駄天(いだてん)男が、大舞台のダイヤモンドを駆け抜ける。

佐賀北初の甲子園1勝を

佐賀北・百崎敏克監督の話

 ミートに徹する打撃ができたし、先発馬場もよく投げてくれた。初戦からスコア以上に厳しい戦いだったが、投手を中心にしっかり守り、好機で打つ形が徐々にできてきた。掲げてきた目標は「全国で1勝」。佐賀北選手として甲子園で校歌を歌う最初のチームになりたい。



鹿島無念 決勝の重圧―粘り強さ発揮できず

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甲子園に挑む佐賀北へ、涙をこらえエールを贈る鹿島ナイン=みどりの森県営球場
焦点

 47年ぶりとなる「聖地」が手の届くところまできていた。その過度な思いが、緻密(ちみつ)さをモットーとするナインを縛り付けていた。0-1の3回裏一死一塁。鹿島の右翼・大久保勝也は、佐賀北の市丸が放った飛球に向かって、果敢に飛び込んだ。

 しかし、その思いとは裏腹にボールは、無情にもグラブの下をすり抜けていった。適時三塁打。ここまで、守備力、冷静な状況判断を武器に勝ち上がってきた鹿島。イニングや点差を考え、普段ならワンバウンドで確実に捕球していたはずだったろう。だが「もう1点もやれない、という焦りが出てしまった」と大久保。決勝という独特の雰囲気が、冷静沈着なナインをのみ込んでいた。

 徐々に広がる点差。それでもナインは気持ちを立て直し、最後まで白球に食らいついた。8回裏、佐賀北・大串の右翼方向へ上がった打球を、今度は大久保がダイビングで見事に好捕した。試合後のスコアボード。「E(失策)」の部分には、鹿島にとって、今大会5試合目となる「0」が刻まれた。「最後まで懸命に食らいついてくれた」と山田和人監督。一方的な展開の中、無失策で試合を引き締めたナインに惜しみない賛辞を贈った。

 メンバーは、中学時代から杵藤地区の大会で戦ってきた「顔なじみ」ばかり。鹿島の体験入学で顔を合わせ「本気で甲子園を目指してみないか」と地元伝統校に集結した。「夢に向かって努力できた。胸を張りたい」と主将の江頭潤将。攻守に際立つ粘り強さを発揮したナインが、さわやかに夏を駆け抜けた。

エース一ノ瀬 完全燃焼―6試合連続完投753球

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【鹿島―佐賀北】4回裏、4点目を失いマウンドに戻る鹿島のエース一ノ瀬(右)。左は捕手江頭=みどりの森県営球場
 躍進を支えてきた背番号1が、猛打の波にのまれた。準決勝までの5試合で防御率0.59。抜群の安定感を誇る鹿島の左腕エース一ノ瀬和哉だったが、佐賀北打線に17安打を食らった。「甘い球を逃してくれなかった」。試合後、ベンチ裏通路の壁に頭をすりつけ、泣いた。

 「ボールに外れる変化球を振らせる」と思い描いて立ったマウンド。だが、誘い球はきっちり見極められる。今大会5試合を1人で投げ抜いてきた疲労も重なり球威、キレともに落ちた甘い球をことごとく打ち返された。

 それでも「疲れを言い訳にはしない」と最後までマウンドに立ち続けた。6試合、55イニング。753球を1人で投げ抜いた。閉会宣言前、県高野連の内田恒臣理事長が「大会を盛り上げてくれてありがとう」と異例のコメントを述べるほど、冷静な投球術と豊富なスタミナは目を見張るものがあった。

 うなだれる一ノ瀬にナインが駆け寄り、抱え上げた。肩の痛みから復活。チームを39年ぶりとなる決勝に導いた小柄なサウスポーの体が3度、夏空を舞った。

甲子園 また届かず―山田監督

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チームを39年ぶりとなる決勝へと導いた鹿島の山田監督(右)=みどりの森県営球場
 鹿島の山田和人監督は1988年夏、佐賀西の左翼手として決勝の舞台に立ち、佐賀商に1-2で惜敗。今度は監督として再び夢舞台まであと一歩に迫ったが、またも及ばなかった。

 19年前の「あの日」。佐賀球場のスタンドは、超満員に膨れ上がっていた。「試合前というのに感動して泣いてしまった。独特の雰囲気にのまれていたんでしょうね」。教え子たちに同じ轍(てつ)を踏ませまいとベンチでは「平常心」を説いたが、序盤から動きの硬さが目立った。

 それでも「この子たちには、褒め言葉しかありません」。自信が目指す守り勝つ野球を体現してくれた教え子たちをねぎらった。

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