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 第89回全国高校野球選手権佐賀大会第12日は23日、佐賀郡久保田町のみどりの森県営球場で準決勝2試合があり、鹿島が39年ぶり、佐賀北が7年ぶりの決勝進出を決めた。決勝は24日午後1時から同球場であり、鹿島は47年ぶり3回目、佐賀北は7年ぶり2回目の甲子園を狙う。

 同地区対決となった準決勝2試合。鹿島実に3点を先行された鹿島は、終盤の7、8回に1点ずつ返し1点差に詰め寄ると、土壇場の9回に3安打の集中打を見せ、逆転サヨナラ勝ちを収めた。第3シードの佐賀北は序盤、7点のリードを奪った。中盤、3連覇を狙う佐賀商の粘りで追い上げられたが、投手陣の継投で逃げ切った。
2007年7月23日 準決勝(2試合)

佐賀北 8-3 佐賀商  (みどりの森県営球場・第2試合)

 

佐賀北

0 

佐賀商

 

【佐賀北】
馬場、久保―市丸

【佐賀商】
笠継、吉田―津田

佐賀商V3の夢消える―鮮やか先制 初回4点

 序盤に大量リードを奪った佐賀北が佐賀商の追撃をかわした。初回、中前打の辻を井手が送り、副島の左前打で1点を先制。一死二、三塁からは田中のスクイズ、江頭の左前打などでこの回一挙4点を奪った。3回にも一死一、三塁から江頭の適時三塁打などで3点を追加。4点差に迫られた6回にも1点を加え突き放した。

 6回二死二、三塁から救援した主戦久保は、このピンチを三振で切り抜けると、7回以降は威力ある直球とキレのある変化球で無失点で切り抜けた。

 佐賀商は7点を追う4回、片岡が左越え三塁打で出塁すると、四球に2安打と犠打を絡め3点を返した。終盤の8、9回に二死一、二塁の反撃機をつくったが、あと一本が出なかった。

写真
【佐賀北―佐賀商】佐賀北6回表1死三塁、4番市丸が左前適時打を放ち、8―3とリードを広げる=みどりの森県営球場
佐賀北 6回貴重な追加点

 「あの1点は相手にとって2、3点のダメージがあったはず」。百崎敏克監督が興奮気味に振り返った6回の攻防を制した佐賀北が、7年ぶりの決勝進出を勝ち取った。

 4回に3安打を集められ3点を返された。まだ4点リードしていたが、相手は今大会チーム打率3割4分7厘を誇る。逆に3回までに7安打7点を挙げた打線は、代わった佐賀商・吉田の前に4、5回は沈黙。「次の1点」が試合の流れを左右することは両チームのだれもが感じていた。

 先頭の井手和馬がカウントを取りにきたスライダーをたたき、吉田から初ヒットとなる二塁打を放つ。副島浩史が送って一死三塁。打席には4番市丸大介が入った。「転がせばエラーの可能性もある」。低めのスライダーを思い切りたたきつけた。打球は三遊間を抜け、貴重な追加点を奪った。

 その裏の守備。継投機も逃さなかった。粘投を続けてきた先発馬場将史が死球と二塁打で二死二、三塁のピンチを招く。あとを受けた久保貴大は「点差はある。大丈夫」。そう言い聞かせてマウンドに上がった。吉田を2―2と追い込んで投じた外へのスライダー。一瞬「ボールか」と思ったが、球に切れがあった。ハーフスイングで三振。勝利をぐっと引き寄せた。

 準決勝までの4試合、いずれもビッグイニングをつくりながらも、追加点への執念に欠ける部分もあった。しかし、この日はダメを押す力強さがあり、大一番を前に目指す攻撃の形が見えてきた。主将の市丸は「明日も攻め抜く」。真夏の夢舞台を視界にとらえた。

焦点

序盤の大量失点響く―力みで好機逃す

写真
【準決勝・佐賀北―佐賀商】試合後、ベンチでうなだれる後輩に声をかける佐賀商の吉田(右手前)=みどりの森県営球場
 9回裏、佐賀商「背番号1」の吉田潤治は味方の逆転を信じ、ベンチ前で投球練習に入った。1年、2年とも決勝のマウンドにいた。しかし、その願いはかなわなかった。3連覇を狙った佐賀商の夏は、決勝の舞台に立つことなく終わった。

 今大会、先発メンバーの3年生は2人か3人。投手の1年生笠継泰成を中心に「若いチーム」と言われてきた。しかし、軸となって引っ張ってきたのは、打率5割超の1番飯田竜二や佐学園戦でサヨナラ打を放った堀翔太ら3年生だった。

 序盤、失策も絡み思わぬ大量失点を喫した。「夏の厳しさを知っている自分たちが何とかする」。気負いが力みにつながった。飯田は佐賀北投手陣の前に無安打。3―8で迎えた6回裏には、堀が送りバントを失敗、二死二、三塁の好機では吉田が三振に倒れた。

 普段通りのプレーができなかった。「勝とうという意識が強すぎた」と堀がいえば、飯田は「早いカウントで打っていく自分のスタイルを通したが力が入りすぎた」と話した。「追い付ける」と思っていた序盤の失点は、想像以上に重圧となり、歯車を狂わせていた。

 1年の夏から甲子園を経験してきた吉田は、ベンチで泣き崩れる2年生捕手で4番の津田真輔ら下級生に声をかけた。「この悔しさを経験として生かしてほしい」。その目に涙はなかった。「そんな姿は見せたくないから」。3年生としての最後の意地だった。

鹿島 4-3 鹿島実 (みどりの森県営球場・第1試合)

 

鹿島実

鹿 島

2x

    

【鹿島実】
山本―光武将

【鹿島】
一ノ瀬―江頭
▽三塁打 西村(実)
▽二塁打 石永(鹿)

鹿島 劇的サヨナラ

写真
【鹿島実―鹿島】鹿島9回裏1死二塁、6番石永が左中間を破る適時二塁打を放ち、3―3の同点に追いつく=みどりの森県営球場
 鹿島打線が終盤につながり、劇的なサヨナラ勝ちを収めた。7回からの3イニングで8安打。各打者が狙い球を絞り、慌てずに反撃したことが逆転につながった。

 1点を追う9回表、この回先頭の諸隈が敵失で出塁。犠打で一死二塁とすると、石永が左中間を破る適時二塁打を放ち3―3の同点とした。さらに安打と四球で一死満塁とし、一ノ瀬が初球を中前にはじき返し、熱戦に終止符を打った。先発一ノ瀬は序盤、球が上ずったところを痛打されたものの、コーナーを丹念に突く投球で立ち直り4回以降は無失点。味方の反撃につなげた。

 鹿島実は2、3回に3点を先行したが、その後は攻撃が淡泊となり追加点を奪えなかった。

ハイライト

6番石永 読みズバリ、同点打

 チームの「代名詞」ともいえる粘り腰は、決勝切符をかけたこの日も健在だった。2―3の九回裏一死二塁。前の打席で反撃ののろしを上げる適時打を放っていた鹿島の石永正暁は、変化球に狙いを絞っていた。

 鹿島実のエース山本が投じたカウント1―0からの2球目。「読み通り」。高めに入ってきたスライダーを振り抜くと、打球は左中間を破った。同点。打撃が低調なチームにあって準々決勝までの4試合で打率4割6分2厘と気を吐く6番打者が、サヨナラ劇をおぜん立てした。

 6回までわずか2安打。だが、ベンチは慌てなかった。「カウントを取りに来る球を狙え」。相手はリードを守りたいあまりにアウト、ひいてはストライクを欲しがる。その心理を読み、各打者はきっちりと狙い球を絞っていた。7回、石永の中前適時打は初球。8回に2番赤木が放った左前適時打はカウント0―2からの甘い球だった。

 ここまで3度の1点差ゲームに、2度のサヨナラ勝ち。石永は「集中力の持続には絶対の自信がある」と言う。週末は練習試合や県外遠征と「野球漬け」になるが、「宿題などの提出物も期限厳守」をチームの約束事に掲げる。疲れた時こそ、どれだけ頑張ることができるか―。野球以外のことにも手を抜かず取り組むことで、メンタルの強さが磨かれているようだ。

 1968年以来、39年ぶりの決勝進出。「本当にすごい子たちです」と思わず感極まった山田和人監督。一戦ごとにたくましさを増す鹿城ナインが、夢の舞台まであと一つに迫った。

○3点先行実らず―鹿島実・山本 力尽きる

写真
【準決勝・鹿島実―鹿島】8回裏のピンチでマウンドに集まる鹿島実ナイン=みどりの森県営球場
 投げた瞬間「やばい」と思った。外角低めを狙ったスライダーが真ん中高めに入る。打球は快音を残し、センターに抜けた。23年ぶりの決勝を目前に、まさかのサヨナラを喫した鹿島実のエース山本竜太郎。打球が飛んだ外野を見たまま、マウンドでぼう然と立ちつくした。

 生命線のスライダーがこの日もさえた。直球を見せ球に変化球勝負の組み立てで6回まで被安打2。ほぼ完ぺきな投球だった。しかし「勝てる」と思った終盤に落とし穴が待っていた。

 鹿島打線が早いカウントから狙っていることは分かっていた。「初球はボールでいい」。しかし、万全を期したはずの、その初球が甘く入った。「チームメートに申し訳ない…」。自分を責める言葉が口をついた。

 大浦中時代の専門は捕手。投手に専念したのは高1の夏と遅かった。以来、他の部員と別メニューで走り込む日々が続いた。主将の西村勇真は「ここまでこれたのは山本のおかげ。ありがとうと言いたい」。小学2年からずっと同じチームでプレーしてきた背番号「1」をねぎらった。

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