「色絵獅子花文鉢」=Photo(C)RMN-Grand Palais(Sevres, Cite de la ceramique)/Tony Querrec/distributed by AMF

「染付草花文急須」=Photo(C)RMN-Grand Palais(Sevres, Cite de la ceramique)/Tony Querrec/distributed by AMF

 江戸末期に開かれた第2回パリ万博に佐賀藩が出品した有田焼などの陶磁器がフランス国立セーブル陶磁美術館で新たに見つかり、150年ぶりに佐賀に“里帰り”する。来年の「肥前さが幕末維新博覧会」に先立ち、佐賀県が来月15日から佐賀市の佐賀城本丸歴史館で開くプレ特別展で初公開する。

 第2回パリ万博は1867(慶応3)年に開催。日本から幕府と薩摩藩、佐賀藩が参加した。佐賀藩は蒸気軍艦など武器情報を収集するとともに、陶磁器や白蝋(はくろう)、和紙、茶など佐賀の特産品を出品し、市場開拓を図った。

 今回、里帰りする陶磁器は染付碗や色絵鉢、青磁六角皿など5件。このうち「染付辰砂(しんしゃ)龍蝠雲文皿付碗」(深海平左衛門・作)だけは所在が知られていた。プレ特別展にあたり、同館の学芸員がセーブルに所蔵品の再調査を依頼したところ、目録から佐賀藩出品作の所在が新たに4件分かった。

 このうち「染付草花文急須」には1866年に深海が制作したことが記されていたことから、佐賀藩出品作と判明。「色絵獅子花文鉢」には器の高台に、佐賀藩出品を示すラベルが貼ってあった。「青磁染付雲龍文六角皿」は仏の貿易商人が入手し、セーブルに売却していたことも分かった。

 九州陶磁文化館の鈴田由紀夫館長は「深海が制作した皿や碗には彩裏紅(ゆうりこう)が施され、有田にはない新しい形の急須も出品している。小品ながら、当時としては最新の技術が盛り込まれていた」と指摘。その上で、「パリ万博の出品作に関しては不明なことが多い。具体的資料として、歴史的な価値は高い」とみている。

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