被災者の心を癒やしたのは17輪の水仙だった。1995(平成7)年1月31日。6千人を超える命を奪った阪神・淡路大震災の発生後、天皇皇后両陛下は地震から2週間という早さで現地を慰問された。「一刻も早く被災者を励ましたい」との思いから実現したものだった◆小雪がちらつくその冬一番の寒さ。壊滅した神戸市長田区の市場の火災現場では皇后さまが、ひと束の水仙を手向けられた。水仙は「希望の象徴」とされる花。ご訪問の朝、皇居の庭で皇后さま手ずから摘まれたものだった。案内をした県や市の職員は一部始終を目にし、涙を流して感激したという(『美智子さま 81年の歩み』宝島社)◆このような光景は昭和天皇の時代には見られなかった。平成になり皇室が最も変わった姿だろう。両陛下は国民に寄り添う象徴天皇としての役割を課しておられるように映る◆天皇陛下の退位を実現する特例法が成立した。生前退位の報道があったのが昨年7月。陛下ご自身も、被災地訪問などの公務が高齢で続けることが難しくなってきた胸の内を直接、国民に語られた。退位と皇太子さまの即位が実現することになり、安堵(あんど)されたことだろう◆女性宮家を創設するかどうかなど課題も残る。皇室の将来が、安定的に国の象徴としての像を結ぶ。それは多くの国民の願いでもある。(章)

このエントリーをはてなブックマークに追加