一ノ瀬さん(右)の質問に答え、自らの長崎での被爆体験を話す冨永さん=嬉野市の大草野小体育館

 嬉野市塩田町の大草野小で4日にあった平和集会で、同町の冨永トシエさん(91)が長崎での被爆体験を語った。辛い思い出を思い起こすように話した冨永さんに「しっかり勉強して平和な世の中にする」とみんなで誓った。

 冨永さんは同小の卒業生。昭和19年に動員され、長崎県の香焼島(こうやぎしま)にあった川南(かわなみ)造船所で終戦まで働いた。大勢の人の前で体験を話すのは初めてで、講話を勧めた一ノ瀬俊孝さん(68)の質問に答える形で話した。

 原爆が落ちた時のことを「繰り返された空襲警報が解除されて防空壕(ごう)から出たら、長崎の方に火の玉か太陽が落ちたように見えた。もくもくと煙が上がり、火の海と煙がまじった光景に変わった」と話した。

 翌日から炊事班や救護班として活動したが、「どこに行っても燃えた死体が転がり、頭が腫れ上がったり、『水ちょうだい』という人ばかり。どうすることもできずウロウロして過ごした」と、道もなくなった焼け野原で呆然とした日々を送ったことを伝えた。

 子どもたちに言いたいこととして「北朝鮮からミサイルが飛ぶことのない、戦争のない穏やかな国にしたい。皆さんの力で平和をつくって」と呼び掛けた。

 話は全校児童で聞き、6年生は修学旅行で学んだ被爆地長崎の姿と重ねた。お礼を述べた奥山由佳さんは「今日学んだことを生かし、平和な世の中になるようしっかり勉強します」と誓った。

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