「傾城阿波鳴門」を語る竹本鳴子太夫(左)と孫の森佐和子さん(中学3年)=唐津市の旅館洋々閣

■人形浄瑠璃で人づくり

 唐津の老舗旅館洋々閣で6月、JTB「佐賀の伝統文化とななつ星in九州6日間」の一環として、人形浄瑠璃「寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)」と「傾城阿波鳴門(けいせいあわのなると)(巡礼歌の段)」が催された。上演したのは「唐津人形浄瑠璃保存会 近松座」(会長・竹本鳴子太夫)社中の皆さんだ。

 傾城阿波鳴門は徳島藩のお家騒動に絡み、主君の刀が盗まれ、家老は藩臣の十郎兵衛・お弓夫婦に主君の盗まれた刀を探し出すよう命じる。夫婦は娘のお鶴を祖母に預けて大阪に赴くが、十郎兵衛は心変わりをして盗賊銀十郎となった。数年後のある日、巡礼姿をした娘が偶然お弓の家に訪ねてくる。お弓はすぐ娘だと分かったが、わが子に難儀がかかることを心配し、お弓は涙をのんで別れるというものである。

 唐津人形浄瑠璃保存会の会員は約30人。ほとんどがボランティアで、年20回前後の公演を行っている。こうした公演活動を行っている団体は全国的にも類を見ない。

 そして鳴子太夫は九州で唯一の義太夫指導者で、唐津はもちろん、福岡、長崎、大分など九州各地の小学校を中心に、指導に飛び回っている。

 「指導に行ってうれしいのは、難しいせりふを子どもたちが覚えてくれることです。公演後の子どもたちの自信に満ちた笑顔。その笑顔に、とてもエネルギーをもらえます」とほほえむ。

 鳴子太夫の夢は唐津に常設の人形浄瑠璃公演場を作ること。資金や後継者などさまざまな問題があるが、持ち前の笑顔とパワフルな行動力なら、問題もクリアできるだろう。

 たなか・まこと フリーの編集者で、民俗学、歴史を中心に編集・執筆活動を行う。1954年生まれ。唐津市桜馬場。

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