これほど残忍な殺人事件を知らない。たった一人の凶悪犯によって、神奈川県相模原市の知的障害者施設の入所者19人が刺殺された。負傷者も26人に上る。残念だったのは犯罪予告めいた手紙があり、容疑者の犯行の可能性は関係者の多くが知っていたことだ。その凶行をなぜ防げなかったのか、検証していく必要がある。

 犯行は入所者が寝静まり、職員が夜勤体制に入った深夜に実行された。植松聖容疑者(26)は施設の元職員であり、警備も熟知していた。結束バンドで夜勤職員を身動きできなくすると、重度の障害で助けを呼べないような入所者を狙い、首の動脈を切り続けた。刃物を5本用意し、大量殺人を周到な準備で実行した。

 この事件が異質なのは「障害者を抹殺する」という犯行予告とも読める手紙を、容疑者自身が今年2月、衆院議長公邸に持参したことだ。大量殺人の狙いがこの施設であり、深夜に決行するという手口も書かれている。

 議長側は警察に手紙を渡している。この内容通りに実行するなど、信じられなかったとはいえ、凶行が起きないように警戒を続けることはできなかったのか。

 植松容疑者に対しては、手紙を出した後も「障害者は生きていても仕方がない」という言動を続けていたことから、措置入院という行政手続きがとられている。

 しかし、病院側は血液や尿から大麻の陽性反応が出たとして、「大麻精神病」「妄想性障害」と診断した。その症状が和らいだとして13日で退院させた。中途半端な対応に終わっていた。

 大麻取締法は「中毒者」でなければ、県や県警への通報義務はないという。しかし、大量殺人の予告の手紙や、植松容疑者が勤務中にも障害者に暴力を振るっていたことを考えれば、しゃくし定規のような対応ではなく、関係機関が協議し、慎重に判断すべきではなかったのか。

 植松容疑者は、両親が数年前に自宅を出ており、1人暮らしだった。彼の“妄想”を改善できる環境などではなかっただろう。措置入院は自らを傷つけたり、他人に害を与える危険性がなくなるまで、無期限に継続できる。早期の退院で、犯罪を防ぐ決定的な機会が失われていた。

 県警も手紙を受け取っており、植松容疑者の危険性は十分に把握していたはず。病院任せにせず、容疑者と正面から向き合うべきではなかったのではないか。

 植松容疑者は障害者差別について「自分は間違っていない」と話していたという。自らが裁きの神であるかのような妄想だ。議長宛ての手紙では、障害者を侮蔑し、「私の目標は障害者が安楽死できる世界」と訴えている。命を貴ぶ人としての感情はまるでない。

 独り善がりの“正義”による理不尽な犯行という点では、児童8人の命を奪った2001年の大阪の池田小学校の殺人事件の被告=死刑執行=を思い出す。

 容疑者の言動は弱者に対し、不寛容な社会の風潮を反映しているようにも見える。かつて誰にでも笑顔を見せ、教師を目指していたという好青年はなぜここまで変わり果てたのか。このような事件を繰り返さないためにも、容疑者が犯行に至った心の闇を解明する必要がある。(日高勉)

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