<海は干潟に侵入し、そのゆるやかな起伏をいっそうなめらかにした(中略)柔らかい泥のひろがりは空の明りを反映して海獣の肌のようにつややかな光沢をおびた>。長崎県諫早市に住んで作家活動をした野呂邦暢(のろくにのぶ)の小説『鳥たちの河口』(1973年)の一節である◆失業した男が秋から冬にかけ、河口で鳥の観察をして過ごす100日間を描いている。河口が諫早湾に注ぐ本明川であることは明白だ。野呂は生前、諫早湾の埋め立てに反対を表明していた。やがて失われるだろう干潟や河口に遊ぶ生きものへのあふれるような愛情が伝わる。挽歌を捧(ささ)げるつもりで書いたのだろう◆国が諫早湾を干拓のために閉め切って明日で20年。重さ3トンの鋼板293枚がドミノ式に落ちる「ギロチン」と呼ばれた映像は、海の命が絶ち切られていくようにも映った。その後は異変が続く。要因は複合的なものだろうが、干拓の影響は無視できない◆開門を主張する漁業者と、干拓地の営農者との対立で着地点が見えないのは不幸なことである。海水を浄化し、生物の「ゆりかご」といわれた諫早湾はかけがえがないもので、開門調査をやらない選択肢はない◆野呂は湾の干潟を<初原的な泥の輝きは朝な夕な眺めて飽きない>と随筆に書いた。太古から受け継いだ宝の海に戻し、ずっと後世へと思う。(章)

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