江戸前といわれるウナギの蒲(かば)焼きではあるが、室町時代に山城国宇治(今の京都府南部)でウナギをあぶって食べたのが始まりとされる。焼いたウナギを酒と塩にひと晩漬けて、すしのようなものにして食べたらしい。今のような蒲焼きとなると江戸時代になる。冨岡一成著『江戸前魚食大全』に教えられた◆三田村鳶魚(えんぎょ)の「天麩羅(てんぷら)と鰻(うなぎ)の話」(1939年)にはこうある。正徳5(1715)年、大坂で初演された近松門左衛門の人形浄瑠璃「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」の台詞(せりふ)に「鰻を割(さく)より易い事」とあり、山椒醤油(さんしょうしょうゆ)蒲焼きで食べる場面が出てくるので、当時の上方では焼き方もタレもできていた。京都四条河原の夕涼みに蒲焼きの香りがしたという。江戸に伝わったのはその後のこと◆あすは「土用の丑(うし)の日」。夏バテ防止の人気は相変わらずで、ウナギ店の店先からは、いつにもまし香ばしい煙が立つことだろう。白焼きを好む向きもあろうが、やはりタレをまとった蒲焼きはこたえられない◆養殖に欠かせない稚魚の減り具合が気になるが、近ごろウナギに似せたナマズの蒲焼きが店頭に登場したとのニュースが流れていた。ウナギに取って代わられる日がくるのだろうか◆手をこまぬくわけにはいかない。日本の大量消費で稚魚の乱獲が進んでいるとすれば、子や孫に残すことを本気で考えねば。(章)

このエントリーをはてなブックマークに追加