タマネギ畑を眺める愛菜ファーム顧問の川瀬大三さん。ハウスもある=長崎県諫早市の中央干拓地

■被害恐れ、議論もできず

 諫早湾奥を閉め切った潮受け堤防の内側に広大な干拓地が広がる。このうち、昭和にできた長崎県諫早市森山町の「諫早干拓地」。「死に物狂いの毎日だったが、あの日をもって全ての苦労から解放された」。親の代から農業を営み、堤防の必要性を訴えてきた60代男性は振り返る。

 1963年、有明海に面した諫早干拓地に計46戸が入植した。農地面積は1戸当たり3ヘクタール。森山町外の離島や中山間地からの入植者が多く、広い平野部での農業に期待を寄せた。だが、待っていたのは干潟と苦闘する日々だった。

 干拓地の堤防にある排水樋門。門の外は絶えず潟泥が積もるため、住民で定期的に手入れし、干潟に排水を促すみお筋を掘った。潮の満ち引きに合わせ、門の開閉や確認作業は1日4回、当番の住民は昼夜を問わず神経をとがらせた。閉め忘れて海水が干拓地に入ってきたり、満潮と大雨が重なって排水できず田や住宅が浸水したりした。

 「閉め切りの音が聞こえないかと思って」。20年前の4月14日。男性は念願の瞬間を待ちわび、干拓地の堤防に立った。ふと、眼下の排水樋門にたまった潟泥に数多くのムツゴロウやカニを見た。閉め切れば樋門の外は調整池になり、干潟は消える。「これで生き物たちは命が絶えるんだ」。男性は手を合わせた。

    ◇    ◇

 今月中旬以降の収穫を控え、タマネギの青々とした葉が一面に広がる。諫早干拓地の北西に新たに造成された中央干拓地の一角。露地とハウスで野菜を栽培している農業生産法人「愛菜ファーム」の顧問で元農場長の川瀬大三さん(68)は「ミネラルが豊富な土で野菜の味が濃く、いいものができている」と話す。

 2008年から営農を始めた中央干拓地と小江干拓地の「新干拓地」は、「優良農地の造成」と「防災」をうたう国営諫早湾干拓事業の完成を象徴する。長崎県農業振興公社が国から51億円で取得し、計40の個人や団体にリースしている。

 2年後、営農者に思いもよらぬリスクが生じた。10年12月、国に開門調査を命じた福岡高裁判決が確定した。「あの判決がなければ残りのハウスもできていた」。愛菜ファームは入植当初からハウスや選果場建設など20億円近い投資をしてきたが、経営の要となるハウスの整備は、約12ヘクタールの計画のうち半分の約6ヘクタールで止まったままだ。

 「開門したら農業用水の不足や潮風害、塩害が人災として起こる」

 開門を求める漁業者は農業と防災が成り立つ方法を訴えるが、営農者と国の3者による長崎地裁の和解協議でも開門の議論はできないまま、打ち切られた。諫早市の漁業者は「話をすれば営農者にも分かってもらえると思うが、会ったことが周囲に知れたらその人が地域で孤立して苦しむことになる。身内でさえ会うのは難しい」と地域の実情を明かす。

 入植者の苦悩と不安。それぞれの干拓地で歴史は繰り返されている。

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