あまりにも苦しい答弁だ。防衛省が破棄したはずの南スーダン国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報からは、現地の切迫した情勢が伝わってくる。稲田朋美防衛相は「戦闘行為ではない」と繰り返すが、自衛隊員の安全は確保できるのだろうか。

 「戦車や迫撃砲を使用した激しい戦闘」「断続的な射撃」-。昨年7月の日報は生々しい。自衛隊が大規模な戦闘に巻き込まれる危険を懸念しつつ、予想されるシナリオとして「国連活動の停止」にまで踏み込んでいる。

 ところが、稲田氏は「戦闘」ではなく「武力衝突」なのだと、戦闘の事実を認めようとはしない。しかも、憲法9条を念頭に「(戦闘行為が)行われたとすれば9条の問題になるので、武力衝突という言葉を使っている」と説明している。

 これは、いかにもおかしい。自衛隊が戦闘行為に巻き込まれる可能性を認めてしまえば、憲法9条が禁じる海外での武力行使に触れることになる。それは困るから戦闘があったとは認めないというのは、まったく本末転倒ではないか。言葉をどう取り繕おうとも、現地で銃弾が飛び交っている事実は変わりはしない。

 国会でのやりとりを受けて、河野克俊統合幕僚長は、日報の作成に当たっては「戦闘という言葉の意味を認識するよう現場部隊に指示した」という。

 現場は「戦闘」という言葉を使うなと解釈するほかないだろう。この先、現地情勢が正しく伝わって来ないのではないか。

 もうひとつの焦点は、隠ぺいがあったかどうかである。

 今回、破棄されたはずの日報が表に出てきた経緯は、実に不自然だ。きっかけは昨年9月30日、ジャーナリストの布施祐仁氏による開示請求だった。防衛省は12月2日付で「廃棄のため不開示」と、いったんは伝えている。ところが、元文書管理担当相の河野太郎自民党衆院議員が改めて確認すると一転して、「電子データが残っていた」と慌てて開示した。

 果たして、単なる情報管理の不手際だろうか。南スーダンPKOは、安保法制も絡んで非常に注目を浴びた。派遣期限を延長するかどうかを国会で議論していたというタイミングと考え合わせれば、不都合な情報を隠ぺいしようとしたと疑われても仕方あるまい。ましてや、わずか数カ月で破棄したとは信じがたい。

 さらに深刻なのは、稲田氏が電子データの存在を知らされたのは、防衛省が見つけたとしている昨年末から1カ月もたってからだったという点だ。これほど重要な情報がトップに伝えられなかったわけで、「文民統制」がないがしろにされているのではないか、という不安さえ覚える。

 これまでの稲田氏と防衛省の対応を見ていると、「派遣継続ありき」で動いているように見える。現地に送られた隊員が肌感覚で得た情報をしっかりと受け止めなければ、隊員の命が真っ先に危険にさらされる。

 情勢は予断を許さない。7日には国連のアダマ・ディエン事務総長特別顧問が「大虐殺が起きる恐れが常に存在する」と強く警告した。日本政府は派遣隊員の安全確保を最優先に据え、撤退をためらうべきではない。(古賀史生)

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