■5町村合併で一つに

 県道鳥栖-筑紫野線沿いにある田代公園(鳥栖市)に「忠霊塔」がある。

 幕末、尊王攘夷(じょうい)の動乱の中で多くの武士や志士が命を落とした。1864(元治元)年、長州藩が京都に攻め上った「蛤御門(はまぐりごもん)の変」には鳥栖市からも田代藩校東明館の若者7人が長州勢に加わり、津田愛之助、青木與三郎の2人が討ち死にする。

 明治維新後も佐賀の乱、西南戦争、日清戦争、日露戦争で多くの犠牲者が出た。政府は市町村に、幕末動乱以来、国家のために殉じた地域の兵士、警察官、公務員などの霊を祭る「忠霊塔」を造った。

 1954(昭和29)年、鳥栖、田代、基里、麓、旭の5町村合併で鳥栖市が発足して、各地区の忠霊塔をまとめて市の慰霊塔として再建したのが田代公園の忠霊塔である。3月26日に同公園で「とす弥生まつり」が開かれる。

絵・水田哲夫(鳥栖市本町)

文・高尾平良(鳥栖市本町)

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