台風5号の接近に備え、土のうを準備する消防団員たち=5日午後、福岡県朝倉市

 多くの犠牲者が出た九州北部の豪雨から1カ月を迎えた5日。住民らは被災現場で花を手向け、「日常を取り戻す」と生活再建に向けた歩みが進められた。一方でインフラ復旧もままならない中での台風接近に不安や焦りを抱く住民もいた。

 福岡県朝倉市の江藤由香理さん(26)と友哉ちゃん(1)母子が亡くなった実家周辺には献花台が設けられ、菓子やジュースなどが供えられた。隣に住む農業渕上淳さん(64)は手を合わせ「由香理さんが(実家の)庭で子どもを遊ばせていたのをよく見た。とてもかわいがっていたのに…」と肩を落とした。

 朝倉市内で犠牲になった坂本行俊さん(79)ら家族3人が暮らした自宅跡では、同じ地区の林隆信さん(68)ら6人が集まり追悼。「安心して住める場所にする」と決意を新たにした。

 この日の最高気温は大分県日田市35・2度、朝倉市35・0度と猛暑日に。住民やボランティアは額から汗を流し、住宅の泥をかき出す作業を進めた。福岡県久留米市から朝倉市に来た古賀博文さん(43)は「県外の人は忘れてしまうかもしれないが、大きな被害は残っている」と強調した。

 日田市では早朝、国の重要文化財「小鹿田焼(おんたやき)」の共同窯に豪雨後初めて火が入った。黒木富雄さん(65)ら2軒の窯元が計約5千点を焼く。白い煙が上がると、黒木さんは「いつもどおりだ」とうなずいた。

 朝倉市の川沿いでは、福岡県警の機動隊員ら約30人が土砂や流木を重機で取り除き、不明者5人を捜した。

 台風5号の接近に朝倉市では、市職員らが被害の大きかった地域を回り早めの避難を呼び掛けた。農業林利則さん(70)は「流木があちこちに堆積し、台風で川が増水したら、無事だった家まで巻き込まれてしまう」。会社員高倉敏弘さん(62)は「土砂で埋まった道路はまだ復旧しておらず、近づけない家も多くある」と訴えた。【共同】

■不明なお5人 家族ら「一日も早く」

 「必ず帰ってくる」。「一日も早く…」。九州北部の豪雨では、福岡県朝倉市の5人が今も行方不明となっている。発生から5日で1カ月。捜索態勢が縮小される中、家族らは早期の発見を信じ、待ち続けている。

 建設業田中耕起さん(53)は、妻の加奈恵さん(63)と7月5日の豪雨以後、連絡が取れなくなった。元看護師の加奈恵さんは明るい人柄で、食欲の減る暑い夏には、好物のハヤシライスをよく作ってくれた。猛暑が続く中、日常の何げないやりとりが思い起こされるという田中さん。「必ず帰ってくるけん。早く会って抱きしめてやりたい」と気丈に振る舞う。

 犠牲者の一人、岩下ひとみさん(36)の80代の祖母も消息を絶った。この日、広島県に住むおいの佐藤博昭さん(68)が、妻マリ枝さん(64)と故郷の同市松末地区の実家を訪れたが、一帯は土砂が襲い台所の一部が残るのみ。おばの家は川向かいにあったという。「おばちゃんが出てこんから、ひとみちゃんの葬式もできてないとよ」。土砂に向かってつぶやいた。

 柿農家の古川美好さん(65)は、自宅から畑に向かったまま行方不明となり、被害が甚大だった川の流域で、乗っていた軽トラックが発見された。親族の男性(77)によると、性格はおとなしいが、同じ柿農家とは栽培について熱く語り合ったという。

 犠牲者の藤本哲夫さん(66)の60代の妻も不明者の一人。地元の給食センターのベテラン調理員で、市主催の給食コンテストで入賞したことも。近所の女性(63)によると、夫を「てっちゃん」と呼び、哲夫さんは妻を職場に送り迎えする、おしどり夫婦で知られた。

 小嶋茂則さん(70)は、遺体が見つかった妻ユキヱさん(70)、母ミツ子さん(92)と共に自宅ごと濁流にのまれたとみられる。いとこの大工井上正彰さん(66)は「温厚な人柄で慕われた。何年かかっても、絶対見つけてあげないと」と、かみしめるように話した。【共同】

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