■「慰霊祭やめても君たちを忘れない」長崎原爆で犠牲動員学徒同級生

 戦後72年目の夏。動員先の長崎市で被爆し、犠牲になった学徒をしのぶ伊万里商業高校の慰霊祭は参列できる生存者が減少し、学校主催としては最後でした。同級生の中野隆三さん(87)は声を震わせます。

 「慰霊祭をやめても君たちのことは永久に忘れません。日本の平和がいつまでも続くよう見守ってください」

 戦没者の遺骨捜しや遺品の返還に40年間、奔走してきた三養基郡みやき町の塩川正隆さん(72)も心身の衰えを感じて活動を終了。国の遺骨収集に期待を寄せつつ、理事長を務めてきたNPOも解散しました。

 「今日で解散だが、これからも戦没者が一人でも多く遺族の元に帰れれば」

 戦時体験者が細る中、新たな取り組みも。東脊振中の生徒と地域の大人たちが対話した集会は、平和学習の要素を盛り込んで全校登校日に開かれました。

 「犠牲の上に成り立つ平和は正しくない。でも、どうすれば戦争がなくなり平和になるのか、答えは見つからない」

 1年生の中島敏信さん(12)は言葉を絞り出そうとします。進行役が「生徒たちの問いは大人の宿題でもあった」と振り返ったように、こうして語り合うことが、きな臭くなる今を見つめる視座になり、大戦の惨禍の記憶をつなぐ機会にもなるのでしょう。

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 米軍のオスプレイがオーストラリア東部沖で墜落。佐賀空港への自衛隊機配備計画に反対している県有明海漁協南川副支所の田中浩人運営委員長は、安全性への疑念を募らせます。

 「沖縄県の事故から、まだ1年もたっていないのに」

 米軍オスプレイは今回の事故から1カ月もたたないうちに大分空港に緊急着陸。同じ日、自衛隊機配備計画への真摯(しんし)な対応を党本部と防衛省に要請した自民党県連の留守茂幸会長も憤りを隠せません。

 「関係者の国への不信、安全性への不安払拭(ふっしょく)のために尽力を申し入れた直後にトラブルなんて…。(安全対策の徹底など)何度も言わないといけないのか」

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 7月上旬の九州北部豪雨で、有明海に打ち寄せられた大量の漂着物の回収は8月も続きました。県や市町とともに漁業者も炎天下、港湾や沖合で汗を流しました。

 「ヨシのクズなどの異物がノリに入るとクレームが出るから、今のうちに取れる分は取っておきたい」

 早津江支所の松尾健一運営委員長(58)はそう気をもんでいましたが、県は撤去完了を31日に発表。9月に始まるノリ漁への影響は避けられる見通しです。(年齢、肩書は掲載当時)

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