大東文化大に進み、野口白汀名誉教授と出会う。野口教授の作品は、3頭身のような丸みを帯びた字で、見たことのない形だった。今まで字のバランスを美しく整えることに尽力しただけに、崩したような書き方で、しかもそれが美しいという衝撃は大きかった。しかしなぜそれを美しいと思うのか、言葉では説明できなかった。

 卒業後、佐賀に戻り、26歳で保育園や公民館で自分の書道教室を開く。子どもの頃からの夢がかなった山口さんは、子どもたちが楽しいと思える書道教室を目指した。そんな思いから、子どもたちが遊び半分で教室に来ても厳しい指導をできずにいた。

 「楽しい」とは何か、時に優しく、時に厳しく指導していた両親を思い返した。指導者として、字が上達する楽しさを伝えなければならない。字は心を映す鏡になる。内面を磨くことで字が美しくなるように、あいさつや礼儀作法も指導した。本棚に叱り方や褒め方の本がどんどん増え、自分も指導方法を勉強しながら生徒との信頼関係を築いていった。

 33歳の時、佐賀市の山口亮一旧宅などで自身初めての個展を開いた。書道関係者からは好評だったが、一般の来場者に「見ててキツイ」といわれてしまう。力作をそろえただけに憤りを覚えたが、時間をおいて考えると「ただ技術を見せびらかしていただけではないか」と思えてきた。

 それから街なかの壁の落書きや子どもの字が目に付くように。そこには「うまく書こう」という作為のない、技術を越えたメッセージ性があった。学生時代、野口教授の作品を見て感じたのはこれではないか。字を正しく書くだけでなく、表現としての「書」を意識するように。字のルーツである絵に関心を持ったり、伝えたい思いを言葉にするため歌詞を書いたり、飲食店の看板の字をデザインしたり。字は自分からあふれ出る言葉を、自分の手で表現できる最良の手段だった。

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