命ばかりか、名前までも奪う死がある。シベリア抑留を経験した詩人の石原吉郎が、ジェノサイド(大量殺戮(さつりく))の恐ろしさを随筆で書き残している。「死においてただ数であるとき、それは絶望そのものである。人は死において、ひとりひとりその名を呼ばれなければならないものなのだ」◆死者の数が多ければ多いほど、一人一人の死の重みが薄れ、「死者数」へと置き換えられる。原爆もまた、「名を奪う死」に違いない。72年前のきょう午前11時2分、長崎に原爆が落とされた。自らも被爆しながら医療活動に尽くした永井隆博士が著書『長崎の鐘』に、あの日の人々の暮らしぶりを描いている◆「地本さんは川平岳で草を刈っていた。ぴかり、いきなり光った」「古江さんは道ノ尾から浦上へ帰る途であった。身体が宙に浮いた」「田川先生は防空日誌に今朝の警報記事を書きこんでいたが、ちょっと顔をあげて窓の外へ目を休めた」◆あの日、あの場に居合わせたというだけで背負わされた過酷な運命。私たちの誰もが地本さんであり、古江さんであり、田川先生でありえたのだと思い知らされる◆長崎の原爆死没者名簿には今年、新たに亡くなったり、判明した3551人の名前が書き加えられた。17万5743人。それは、名前まで奪い去ることを許さない、決然たる意志でもある。(史)

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