名力士には少年の頃からの伝説があるものだ。伊予灘の海で舟を漕(こ)いだ双葉山、室蘭港で石炭担ぎの荷役作業をした初代若乃花…。元横綱千代の富士は北海道の漁師町の生まれ。小さい頃から海に潜り、父に連れられイカ漁の磯舟を一晩中、漕いだ。偉大な先輩と同様、足腰の強さはそうして育まれた◆力士になっての語り草は1981(昭和56)年の初場所である。関脇で14連勝して迎えた千秋楽。1敗で追う横綱北の湖との直接対決は本割では敗れたものの、決定戦を制し初優勝を飾った。そのテレビの瞬間最高視聴率は65%を超え、今でも破られていない。「あの初優勝がなければ横綱千代の富士はない」。本人も自伝『綱の力』で明かしている◆「ウルフフィーバー」であれだけ騒がれた中で勝てたのは、冷静な精神力を持ち合わせていたからだ。「相撲は興奮しすぎたら、絶対に勝てない競技」と言う。自分が一番力を出せる精神状態を保ち集中して向かっていく。肉体も強靱(きょうじん)だったが、メンタルも強かった。それが優勝決定戦を6度やって、1度も負けなかった所以(ゆえん)だろう◆人一倍、努力を重ねた大器晩成型の力士。体格差を補うための「変化」を嫌ったのも、この人らしい。その名横綱が亡くなり、壁となって立ちはだかった北の湖ももうこの世にない。昭和がまた遠くなった。(章)

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