人の記憶というものは何かのきっかけでくっきりと像を結ぶ。先日、30年前に廃止された旧国鉄佐賀線のことを書いたら思いがけず反響があり、読者から長文の手紙をいただいた◆「私もサヨナラ記念列車に乗りました。あの時の事が鮮やかに蘇(よみがえ)りました」と佐賀市の森博重さん(64)。東佐賀駅のすぐそばに生まれ育ち、佐賀線は幼い頃から身近な存在だった。営業最終日というので、迷わずこの列車で行くことにしたのは福岡県での会合に出席するためだったという◆車内はすし詰めで、「ふだんからこれだけの乗客があれば、廃線にならなかったのになあ」とだれかがつぶやいたのを覚えている。一番古い記憶はわずか3歳。1955(昭和30)年、大川橋と諸富橋の開通落成式に両親に連れられ、佐賀線を使って見物に行った時のことである。お祝いの獅子頭(ししがしら)に頭をかまれて大泣きした◆昔は蒸気機関車が走っていたことも記憶に残っているとか。東佐賀駅ホームで列車を待っていると、南佐賀駅を過ぎた上りのディーゼル機関車が、国道をまたいだ高架を登ってくる様子がとても力強く感じられたそうだ◆今、旧佐賀線の一部はサイクリングロードに。「桜の季節には懐かしくなって自転車で走ることもある」と森さん。遠い遠い思い出はセピア色に。でも、心に残る風景は消えない。(章)

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