【朝鮮通信使図(19世紀)】将軍の代替わりに送られてきた使節で、最後の12回目の様子が描かれている

【冨田才治の漢詩(18世紀)】虹の松原一揆を指導した冨田才治による唯一の直筆の書

 江戸時代から明治にかけて唐津市相知町で庄屋を続けた峯家に残る「峯家文書」から32点を厳選した資料展が、相知図書館で開かれている。朝鮮通信使の絵図や赤穂浪士の足跡を記した書冊など、村里の庄屋の旺盛な好奇心がうかがえる。

 17世紀後半から約200年にわたって収集した峯家文書は約5千点で、市指定文化財になっている。多くは行政関係の文書だが、その中から面白く貴重な資料を選んでおり、ほとんどが初公開という。

 江戸時代に12回来ている朝鮮通信使の絵図は、1811年の最後のもので、朝鮮国の服装や行列の様子が分かる。ベトナムや西洋、インドの男女を描いた絵や黒船図もあり、江戸時代の人々の海外への関心ぶりが垣間見える。赤穂浪士の討ち入り、大老井伊直弼(なおすけ)が殺害された桜田門外の変を記したものもある。

 こうした資料は、峯家が18世紀中頃から開いた私塾「希賢堂」の教材にも使われていたと考えられる。

 虹の松原一揆の指導者冨田才治の漢詩もある。一揆以降、関係が発覚するのを恐れて才治の手紙などが処分される中、唯一残った直筆の書。才治が希賢堂を開いた峯復斎に送ったもので、「私の先生になって」と懇願している。

 昨年の企画展で好評だった新撰組土方歳三の最期を記した「大野右仲(すけなか)君(ぎみ)日記抄」も公開。大野は唐津藩士で後に東松浦郡長になり、初代相知町長の峯〓(きとう)に与えたものと考えられる。

〓は火ヘンに卒

 相知市民センター総務教育課で文化財を担当する黒田裕一係長(49)は「庄屋として教養をつけるものだけでなく、江戸や京都の情報を収集しようとしていたことがうかがえる。粋な趣味、教養深さを楽しんでほしい」と語る。

 3月31日までで月曜、祝日、第1水曜は休館日。入館無料。

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