4年前に100歳で亡くなった映画監督の新藤兼人さん。多くの社会派の映画を残したが、原爆や核をテーマにした作品でも名高い◆広島市に近い農村に生まれている。七つの川のある美しい町は1発の原爆で廃虚と化した。「戦前の広島を知るものでないと、原爆がもつ強大な威力を実感を持って味わうことはできない」と著書に記している。戦後、復員し尾道にいる時、姉から広島の惨状を聞く◆尾道で看護婦をしていた姉は救護隊員として広島に入る。「そりゃもう、目もあてられんのよ、皮ふがずるずるにむげちゃって、幽霊のようになっとってんじゃけェ」「水をくれェいうてのう、水をあげたら死んでんじゃが、水をあげずにゃおれんのよ。赤ん坊がお母さんのおっぱいに吸いついたまま死んどってんじゃのう」(『新藤兼人の足跡-2』)◆打ちのめされた新藤さんは後に「原爆の子」「第五福竜丸」「8・6」などの映画を撮る。その中でも筆者の心には、移動演劇隊員の遭難を描いたドキュメンタリー「さくら隊散る」が最も残る。広島で浴びた放射能が新劇役者たちを死に追いやっていく恐ろしさ、哀切さが迫ってくる◆きょうは71回目の広島原爆の日。米オバマ大統領の訪問で注目された広島だが、あの惨状を語り継ぐことが反核・平和の原点だ。映画もその一助になる。(章)

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