「からつ塾」で講演する金志映氏=7月29日、唐津市の唐津ビジネスカレッジ

■阿川弘之ら作家を招待 米国への好印象を狙う

 戦後日本文学に投影された日米関係を研究する韓国・成均館大学校日本研究所員の金志映(キムジヨン)氏が市民大学「からつ塾」で講演した。キーワードは「文化冷戦」。軍事や政治、経済ではなく、文学面からのアプローチは、文化にまで影響を及ぼす冷戦の全体像を浮かび上がらせる。講演要旨を採録する。

 戦後の日本文学に日米関係が影を落としていることは、知られているようで知られていない。占領期の検閲制度が終わっても文学者の側に自主規制は残ったし、その後の冷戦時代においては、アメリカ政府の反共政策の一環として、日本を左傾化させないための文学への働きかけがあった。

 日本文学への関与に直接携わったのは、民間団体のロックフェラー財団である。戦後文学の中心となるべき評論家や作家を選定し、彼らをアメリカに招待することで、「自由な国」「民主主義の国」「豊かな国」アメリカのイメージを日本中に広めるよう努めた。

 1953年から62年まで、小説家7人、評論家3人が招かれた。それぞれ1年間、好きなところへ行って、おのおのの目標を実現してもらえばよいとした。

 招かれた10人のうち、有吉佐和子は帰国後発表した『非色』においてアメリカ社会の暗黒部にメスを入れている。黒人に対する差別の実態を映し出し、ロックフェラー財団の思惑とは大きくはずれた結果をもたらしたともいえる。そこには日本人の黒人差別、「戦争花嫁」への差別も描き出されており、アメリカ体験が彼女にとって大きな意味を持ったことが分かる。

 庄野潤三は妻を同伴して中西部の田舎町に滞在し、夫妻ともども一種の親善大使の役割を果たした。帰国後に書かれた『ガンビア滞在記』には、アメリカ人が親しみやすい「隣人」として描かれており、ロックフェラー財団の期待に沿ったものとなっている。

 広島出身の阿川弘之は『魔の遺産』に見られるようにかつて原爆投下の責任を追及する作品を発表したが、アメリカに招待されたのちは原爆のことは書かなくなり、むしろ魅力的なアメリカのイメージを活写した『カリフォルニヤ』などを発表している。ロックフェラー財団からすれば最も「成功」したともいえる事例で、財団での評価は高い。

 アメリカの冷戦期における対日文化政策は作家の招待にとどまるものではなく、映画、雑誌、展覧会などあらゆる手段を採用した。その結果、占領期のGHQによる検閲に象徴される「禁止するアメリカ」から「寛大さや親密さで包摂するアメリカ」へ、戦後日本人のアメリカに対するイメージがよくなったことは確かで、概して日本は親米的になっていったのである。

 誤解を招かないよう言っておきたいのは、これは単に作家たちが洗脳されたという話ではない。文化冷戦によって書かれなくなったことのなかに、戦後日本が忘却してはならない記憶が含まれてはいなかったかと問いたいのである。阿川にしても直接の被爆者ではないのに原爆を書くことに倫理的なことを含めて創作上の限界を感じていた時、アメリカ体験が転換の一つのきっかけになったのではないか。

 冷戦期、韓国は前線に位置付けられていたため、その記憶は生々しいものがあり、現在までつながっている。一方、日本は後方に位置付けられたため、冷戦が日本文化や日本文学の発展に深い影響を与えていることについてほとんど意識されてこなかったようである。

 そのことを意識することは、日米関係を考えるためだけでなく、アジア諸国との関係を考える上でも大切なはずだ。

=キム・ジヨン=

 1982年韓国ソウル生まれ。延世大学校英語英文学科卒業後、東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化コース入学。「戦後日本の文学空間における『アメリカ』-占領から文化冷戦の時代へ」で博士号取得。成均館大学校・成均日本研究所に所属し、日本近現代文学を教える。

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