プラタナスの街路樹が印象的な中国・上海の旧フランス租界。再開発された一角に、もとは個人の高級住宅だったという、その建物はある。10年ほど前に訪れた時の、しゃれた佇(たたず)まいが心に残っている◆ここで1921年、記念すべき中国共産党第1回全国代表者大会が開かれた。集まったのは13人。平均年齢は27・8歳。特筆すべきは日本留学組が4人含まれていたことだ。当日、大会に出席できなかった主要メンバーにも、日本で学んだ人が多くいたのである◆だが、時が下り建国式典のあった49年10月、北京の天安門の楼上に立つことができたのは、13人のうち毛沢東と法政大出身の董必武(とうひっぶ)だけだった(譚?美(たんろみ)著『中国共産党を作った13人』)◆刑死、獄死、殺害などで命を落とす者もいたのは、繰り返された権力闘争と粛清、戦乱に巻き込まれたからだ。中国が歩んだ歴史は過酷であった。日本が明治維新で近代化を成し遂げたように、祖国もそうあってほしいと願った中国人留学生たち。中国共産党が日本から「知識」、ソビエトから「資金」を得ての出発であったことは案外知られていない◆日中国交正常化45周年記念式典があす、北京で開かれる。戦後、曲折はありながらも交流を続けてきた両国。「一衣帯水」の関係を未来へ、との思いは、かつての留学生たちも同じであろう。(章)

このエントリーをはてなブックマークに追加