北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(キムジョンナム)氏がマレーシアで殺害された。権力固めか、海外資産をめぐるトラブルか、さまざまな臆測が飛び交う。恐怖政治に走る独裁国家で、いったい何が起きているのだろうか。

 暗殺の舞台は、北朝鮮の数少ない友好国のひとつ、マレーシアだった。旅行客でごった返す国際空港を舞台に、女2人が正男氏に対して毒物を使ったという。この女2人については北朝鮮の工作員ではなく、雇われただけだったという見方も出ているが、白昼堂々、公衆の面前で殺害されたという事実に戦慄(せんりつ)する。

 なぜ、このタイミングで殺されたのか。殺害のわずか2日前に出た韓国誌「週刊京郷(キョンヒャン)」のスクープがきっかけになったという分析がある。

 同誌によると、野党時代の朴槿恵(パククネ)大統領が極秘裏に、当時健在だった金正日(キムジョンイル)総書記と接触していたという。朴氏がしたためた金総書記宛ての手紙を届ける役割を果たしたのが、殺害された正男氏だった。正男氏は北と南をつなぐ「裏ルート」だった可能性がある。

 異母兄である正男氏まで手にかけたとすれば、自らを脅かす恐れがある血統を絶って政権基盤を固める狙いとともに、「これ以上、脱北は許さない」という強い決意の表れでもあっただろう。

 北朝鮮からの亡命が止まらない。それも、窮乏する庶民階級にとどまらず、政府中枢に近く、厚遇されてきたはずの特権階級にまで及んでいる。

 昨年8月にはイギリス駐在の北朝鮮公使だったテ・ヨンホ氏が韓国に亡命している。さらに、海外資金を管理していたとされるロシア駐在の大使館書記官や、金正恩氏のための薬品や医療設備などを調達する北京駐在の北朝鮮代表部幹部まで亡命したという。

 これらの動きをもって、体制が崩壊しつつあるとみるのは早計かもしれないが、独裁が揺らいでいるのは間違いないだろう。

 東アジアの周辺国にとっては、核・ミサイル開発に突き進む北朝鮮は、地域の脅威でしかない。鍵を握るのは、これまで北朝鮮を擁護してきた中国の姿勢である。

 というのも、北朝鮮と中国のパイプ役だった、金正恩氏のおじの張成沢(チャンソンテク)氏が粛清され、両国関係には亀裂が生じている。その張氏が後ろ盾となっていた正男氏についても、中国は保護してきたという。今回の殺害現場が中国国内ではなかったとはいえ、中国政府にしてみれば面目をつぶされたも同じだろう。

 また、中国とともに、トランプ政権下で米国の政策がどう変わるかも焦点になる。オバマ政権時代は「戦略的忍耐」を掲げて経済制裁に徹したが、核・ミサイル開発を押しとどめる有効な手だてにはならなかった。今後、強硬路線に転じる可能性もある。

 トランプ政権発足後、初めての日米韓外相会合がドイツ・ボンで開かれた。正男氏殺害について意見交換した上で、共同声明では、北朝鮮のミサイル発射を「最も強い表現で非難」し、今後も核・ミサイル開発を進めるならば「より強力な国際的対応に直面する」と警告した。日本としては国際社会と足並みをそろえつつ、北朝鮮をめぐる環境の変化を見極めていく必要があるだろう。(古賀史生)

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