唐津市相知町出身の歌手、村田英雄の「王将」は、戦後初のミリオンセラーとなった記念碑的な歌である。昭和36(1961)年、ロカビリーやツイストの全盛期のことだった◆「今どきこういう歌のレコードを誰が買うんですかね」。作詞した西條八十でさえ、スタジオで首を傾(かし)げたという。それくらいこの企画は復古調そのものだった。<だからこそ、この歌なんだよなあ>。曲を書いた船村徹さんにすれば、持ち前の反骨がむらむらしての仕事だったそうだが、見事に賭けに勝ったわけだ(小西良太郎著『昭和の歌100』)◆「別れの一本杉」「風雪ながれ旅」「兄弟船」…。昭和歌謡史に輝く歌を作曲した船村さんが亡くなった。音楽学校に進み、ギターの流しをしながら曲を書き始める。人生の辛酸を知るからこそ五線譜にメロディーが躍動した◆情感豊かな「日本の心」を歌にしたように、素顔も市井の情に寄り添う涙もろい人で、「心に残っているのはヒットしなかった曲の方が多い」と言っていた。長く刑務所慰問を続けたのも、この人らしい◆戦死した長兄は士官として戦地から帰ってくるとハーモニカを吹いてくれた。「軍人にはなるな。死ぬのはおれだけでいい」。そう諭した兄を慕っていた(井上安正著『人を育てる』)。今ごろ一緒に歌を口ずさんでいることだろう。(章)

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