亡き人が精霊(しょうりょう)となり戻るというお盆を迎えた。原爆の惨禍や戦争で亡くなった人たちへ鎮魂の思いを深める季節でもある。この夏、手にした本が心を震わせた。先月出たジャーナリスト、堀川恵子さんの『戦禍に生きた演劇人たち』(講談社)である◆戦前から戦中・戦後にかけて演劇一筋に歩んだ演出家の八田元夫(はったもとお)(1903~76年)を軸に、芝居に命を燃やした人たちの姿を追っている。八田の盟友だった佐賀市出身の劇作家三好十郎、原爆に斃(たお)れた名優の丸山定夫…◆大正デモクラシーに花ひらいた新劇は、労働者のための「プロレタリア演劇」の時代にすさまじい弾圧を受ける。治安維持法違反容疑で100人を超す演劇人が逮捕されたことは、あまり知られていない◆三好は「無事」だった。戦時下、「僕はボツボツ書いているけど発表はしない。油絵を描いている」とのはがきを八田に書き送っている。慎重な人だった。しかし、あの時代に身の処し方で悩まなかった人はいるまい◆三好の名作「浮標(ブイ)」を演出して名をなした八田は、佐賀への特別な思いがあったらしい。佐賀市民劇場事務局長の今田香世さん(69)は戦後、会った時に「三好が生まれた所だからね」と言われたことを覚えている。「無辜(むこ)の民」が苦しめられた時代が確かにあった。忘れてはならない歴史である。(章)

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