現在の吉野ケ里

 平成元(1989)年2月23日、この日吉野ケ里遺跡は全国に報道されました。私はこの日を勝手に「吉野ケ里記念日」と思っています。

 全国報道される前にも吉野ケ里に遺跡が出ていることは聞いていましたので、何度か発掘の様子を眺めたことはありました。でも、まさかあんな大ニュースになるとは思いもしませんでした。

 あの報道を境に吉野ケ里の丘には見学者が続々と集まり始め、土日には車の渋滞で近づけない状態だったのを覚えています。遺跡は5月の初めまで公開されましたが、その後埋め戻され、10月に物見やぐらと竪穴住居、高床倉庫が仮復元されました。発掘現場と復元集落という新たな吉野ケ里の姿を見せてくれました。

 発掘は継続され、その成果をもとに平成13(2001)年に国営吉野ケ里歴史公園としてオープンしました。最初に佐賀県によって復元された建物も国によって本格整備され、現在、復元建物は98棟に及びます。

 吉野ケ里遺跡の膨大な情報は報告書の形で出され、その報告書を読めば、そのデータの豊富さに圧倒されます。しかし、それも吉野ケ里の魅力の一つなのかもしれません。(吉野ケ里ガイド)

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