資料を広げて嬉野市内にいた忍者について話し合う九州忍者保存協会のメンバーら=嬉野市の肥前夢街道

■来春フェスタ観光資源で活用へ

 嬉野市は7月から、かつて市内にいたとされる忍者について本格的に調査している。専門家を招き、文献を中心に収集して活躍ぶりをまとめ、観光コンテンツとして生かしていく狙い。情報を求めている。

 嬉野市は、忍者ゆかりの自治体で連携し観光資源に生かしていく日本忍者協議会に加盟。市内の忍者村「肥前夢街道」が事務局を務める「九州忍者保存協会」が、昨年度から国の地方創生事業交付金で忍者に関するイベントなどを実施しており、本年度は調査費の交付を受けた。

 市内にいた忍者については、既にこれまで2人を確認済み。そのうち田原安左衛門は「蓮池藩日誌」に、島原での騒乱の動静を探るため鍋島家により1667年、細作(忍者)として使わされたとある。

 また嬉野町吉田地区にいたとされる武次与三兵衛は1651年、熊本・人吉藩発祥の「兵法タイ捨流」を相伝したと伝えられる。タイ捨流には剣術や捕縛術、馬術などのほか忍術も含まれ、武次も忍術を使えたとみられている。

 ただしいずれも詳しい活躍ぶりは不明だ。

 同協会では、こうした市内に伝わる忍者の情報を探し、来春開催予定の「忍者フェスタ」で成果を発表する予定。先月は忍者研究で知られる三重大人文学部の山田雄司教授(日本史)を招き、現状報告と今後の調査方針を話し合った。

 山田教授は「伊賀や甲賀でも最近まで歴史的な研究はされていなかったが、徐々に資料に基づく研究が始まっている。個人宅に眠っている資料があれば申し出てほしい。武術関係の資料などは有力な手がかりがあるかも」。肥前夢街道の河野進也専務は「それぞれの忍者の活躍ぶりが分かるストーリーを描くのが理想」と情報提供を呼びかける。心当たりのある人は同協会、電話0954(43)1990へ。

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