イギリス焼物「染付西洋風景図稜花深皿」

 今回ここで言う「だんな様」とは、日常、妻が夫を呼ぶ言葉とは違います。江戸時代、藩全体を支配する領主、つまり大名は「おとのさま」。これに対し、佐賀藩内武雄領のような小地域の領主は「だんなさま」と呼ばれていました。

 鎖国と呼ばれた時代、長崎はオランダを通じ、唯一西洋に開かれた港でした。武雄の領主鍋島茂義は、家臣や商人、通訳らに命じ、長崎からさまざまな物品や知識、海外情報を入手しました。その詳細を記したのが武雄に残る「長崎方控」です。

 写真の皿は、1840年ごろ、銅版画による転写紙を硬質陶器の器面に貼り付け、施釉して低温で焼成したイギリス製のプリント皿です。プリントウェアと呼ばれるこの技術は18世紀後期のイギリスで実用化され、製品は日本にも輸出されました。西洋の想像的な風景で、城郭や橋、アルプス風の山岳が、花柄意匠と相まって西洋への憧憬(どうけい)を誘う図柄となっています。

 天保14(1843)年、「長崎方控」には武雄からの注文に「紅毛南京焼皿」とあり、実際「紅毛ナンキン皿」が届けられました。この皿に該当するかもしれません。近代的な大量生産品ですが、最新の技術で焼かれた陶器を茂義は所望したのです。遠い異国からもたらされたこの皿を手にした時の、武雄のだんな様茂義の感慨はいかほどのものだったでしょうか。

 武雄市歴史資料館で9月4日まで、武雄のだんな様が、一体どんな買い物をしたのかを紹介する展覧会「だんな様のお買いもの」を開催しています。

(武雄市図書館・歴史資料館 川副義敦)

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