(左上から時計回りに)初期伊万里様式、柿右衛門様式、古伊万里様式、鍋島様式、古九谷様式

■当初は生産場所が名称に

 有田焼創業400年事業を締めくくる「400年有田の魅力展」が16日から22日まで、鹿児島山形屋で開催されている。その一角に、代表的な古陶磁を様式別に展示する「有田焼400年の歴史展」のコーナーも設けられ、これまでの有田焼の歩みを小規模ながらも網羅的に紹介している。

 「初期伊万里」「古九谷」「柿右衛門」「古伊万里」「鍋島」。広く知られる肥前磁器の区分である。大正から昭和初期に定着した名称だが、その後意味合いが変化したこともあり、よく見かける用語ながら、その意味を理解する方はそれほど多くない。

 当初、製品のスタイルの差が生じる要因は生産場所の違いと考えられた。そのため、石川県九谷産の「古九谷」、酒井田柿右衛門家製の「柿右衛門」、有田の民窯製品である「古伊万里」、後に古伊万里から分離した「初期伊万里」、鍋島藩窯の「鍋島」という具合に、生産場所の名称が冠されたのである。

 しかし、昭和30年代頃、製品のスタイルの差は生産時期の差に起因することが判明した。ただ、すでに名称が広く浸透し、変えきれなかったのである。そこで各名称の後ろに様式の語を付加し、生産場所とは無縁の、単なる製品のスタイル名とした。

 つまり、今日では各名称は、特に意味を持たない記号みたいなものにすぎないのだが、いかにも意味ありげな名称ゆえに、記号と割り切ることが難しいのである。(有田町教育委員会学芸員・村上伸之)

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