田代紋左衛門が息子の助作に宛てた手紙を読み進める田代佐夫子さん(右)と尾﨑葉子館長=有田町歴史民俗資料館

 幕末・明治期に焼き物貿易に取り組んだ有田の豪商、田代紋左衛門(1817~1900年)の一族が残した記録を読み解く作業を、有田町歴史民俗資料館の尾崎葉子館長と田代家の関係者が進めている。紋左衛門の手紙には海外との取引の様子や暮らしをぶりをうかがわせる記述が残り、当時の有田を知る「一級史料」となっている。

 紋左衛門は1856(安政3)年に海外との貿易を許され、67年(慶応3)年のパリ万博に佐賀藩が出品した焼き物を納めた。息子の助作は76(明治9)年に、取引に訪れた西洋人の宿泊施設として洋風建築の有田異人館を建設した。

 記録は子孫から「田代家文書」として2008年に同資料館に寄贈された。紋左衛門が書いた手紙の控えや佐賀藩の海外貿易の許可書、取引記録など幕末から昭和初期までの約1500点がある。

 読み解きは紋左衛門から4代目に当たる佐世保市の医師、田代直輔さんの妻佐夫子(さおこ)さん(68)が、4月から有田異人館の一般公開が始まったことを機に「一族のことを知りたい」と尾崎館長に依頼した。

 紋左衛門の手紙には、イタリア人が好むデザインや異人館建設を計画する助作に中止を求める記述などが残る。佐夫子さんは現代と字体が違うかな文字に苦労しながらも尾崎館長の指導で文章を読み解いている。

 有田で結婚のあいさつ回りをした約40年前に、異人館に1泊したという佐夫子さんは「海外貿易や当時の町の様子を少しずつでも分かるようになれば。興味を持つ人がいれば一緒に読み進めたい」と話す。

 問い合わせは有田町歴史民俗資料館、電話0955(43)2678。

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