「早く名人になって、将棋をやめたい」。10代の終わりに、そんな言葉を吐きながら盤に向かった棋士がいた。将棋界最高峰のA級に在籍したまま、がんのため29歳で早世した村山聖(さとし)である。自分には時間がなく、頂点にさえ立てれば悔いはないとの強い思いが伝わる◆幼くして腎臓の難病に侵され、病の床で将棋と出合う。それは魅力に富み、心を解放してくれるものだった。いわゆる「羽生世代」の一人で、ライバル羽生善治三冠は「感覚が鋭い。命がけで指していた」と評した。村山にとっては強くなること、目の前にある将棋に勝つことだけが支えだったという(大崎善生著『聖の青春』)◆勝負師とはそういうものだろう。ここにも勝つことに懸ける少年がいる。デビュー以来の公式戦連勝記録を歴代最多タイの28とした藤井聡太四段である。「望外」「醍醐味(だいごみ)」などと中学生とは思えない語彙(ごい)力を発揮する。きのうも大物の風格で勝利の弁を語った◆幼少時から「闘争心の塊」と言われた。はるか年上を相手に無難な手ではなく、リスクを負いながらも勝ち目がある手を選ぶ。負ければその悔しさを次の対局にぶつけて成長した◆村山にとって将棋は、大空を自由に駆ける翼のようなものだったという。藤井四段も翼を得て、のびのびと大器に。後に続く子どもたちの夢を乗せて-。(章)

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