「本日正午、いっさい決まる。恐懼(きょうく)の至りなり。ただ無念」。作家の海野十三(じゅうざ)が日記に残す1945(昭和20)年8月15日だ◆玉音放送を聞いた海野は「今夜一回死ぬつもりなりしが、忙しくてすっかり疲れ、家族一同ゆっくりと顔見合わすいとまもなし。よって、明日は最後の団欒(だんらん)してから、夜に入りて死のうと思いたり。くたくたになりて眠る」と書いた◆あまりの突然のことに混乱の様子が見てとれる。8・15の体験は、こうも人々を激しく揺さぶった。おびただしい無念の死が、痛苦が、多くの人の心とつながっていたからだろう。開戦から1347日。日中戦争から数えれば長い長い戦争であった。その一日一日に国民の生活があった。空襲におびえ、ひもじい思いをし、教育の窓は閉ざされ、我慢を強いられていた庶民は、くびきから放たれ、解放感を味わうことになる◆今の時代を生きる者は、あの戦争中の出来事を想像することが難しくなってきている。この平和をありがたいと感じなくなった時、再び過ちの火種がくすぶり出してしまうように思う◆あの時代と向き合うことの大切さを心にとめてみる。なにげない日常が続くことは、決して当たり前ではないのである。一度、歯車が回り出すと、もう引き戻しようがない。71回目の終戦の日に、不戦の誓いを新たにしたい。(章)

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