戦前、日本の陸上短距離は世界水準だった。1932(昭和7)年のロサンゼルス五輪100メートルで、日本選手初の決勝進出を果たし、「暁の超特急」といわれたのが吉岡隆徳(たかよし)(1909~84年)である◆結果、10秒6で6位入賞。優勝タイムは10秒3。体格の良い外国人選手に比べ身長165センチと小柄だが、スタートダッシュは抜群だった。3年後には10秒3の世界タイ記録をたたき出す(保阪正康著『100メートルに命を賭けた男たち』)◆吉岡も挑んだ10秒の厚い壁。21歳の桐生祥秀(よしひで)選手(東洋大)が、日本人で初めて乗り越えた。ここに至るまでの苦難は、語り尽くせぬものがあったはずだ。高校3年で日本歴代2位の10秒01を出して以来、本人いわく「4年間くすぶっていた」◆その間、9秒台を待ち望む日本中からの声と、達することのできない自分がいた。重圧と闘い、己をコントロールすることの難しさにも直面したろう。だからなのか、コーチとの確執が生まれた時期もあった。でも「記録でしか恩返しできない」と心に決めて臨み、勝利後の会見ではコーチに涙がにじんだ。苦しい月日を、ともに歩んだ人の支えでつかみ取った記録である◆3年後の東京五輪で決勝進出―。そんな吉岡以来、88年ぶりの快挙を夢みたくもなる。新時代に入った日本陸上への期待は高まるばかりだ。(章)

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