<わが若狭(わかさ)は山紫水明の国である>。福井県の若狭湾に面した地に生まれた作家の水上勉(みなかみつとむ)(1919~2004年)は、生前繰り返し書いた。その精神と肉体をくれた故郷に、原発15基が集中する◆地元ではタブーとされた、原発が多すぎる問題を何度も取り上げている。チェルノブイリ事故が起きた時に<不安がしずかに若狭沿岸地方村の何人かの良識者の胸をかすめつつあることをつたえねばならない>と随筆に記した。この漠然とした不安が、原発のある土地に住む者に共通した心理ではなかろうか◆九州電力玄海原発3、4号機の再稼働に、山口祥義知事が同意した。再生可能エネルギーの時代が来るまでは原発に頼らざるを得ないという。会見で知事が口にした「福島のことは頭から離れない」との言葉は県民も同じだ◆水上は福島の事故を知らずに亡くなった。それでも<人災にはいくら気をつけていても、地震でも起きたら、という考えも凡人ゆえにもつのである>と書いた。<神だのみでしか生きられない>と言ったのも実感だったろう◆原発に支えられている人もいるが、今回は隣県の自治体からも懸念の声が上がった。「安全」には絶対がないのだから、国や県、九電は緊張の糸を緩めることは許されない。住民の胸の底に不安が沈んでいることを一時(いっとき)も忘れずに、と思う。(章)

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