多久物語

■軟弱地盤対策の説も

 多久市西多久町の県道伊万里・多久線沿いに、国指定重要文化財「川打家住宅」、市指定文化財「森家住宅」の2軒のくど造り民家が建っています。

 「くど」とはかまどのことで、かまどのような凹形の屋根が特徴です。川打家は1700年代前半、森家は1700年代後半に建てられ、長い年月の間に増改築が繰り返されていました。しかし県道の拡幅工事に伴い2000年に現在地へ移転する際、川打家は建築当時の姿に、森家は明治期の姿に戻されました。

 もともと両家は現在地から東に600メートルほどの場所に建っていました。移築に伴って行われた発掘調査で、川打家があった場所は川べりで別の建物が建っていましたが、土石流によって流され、その後川打家が建てられたことが分かりました。

 くど造りがなぜこのような形になったのかははっきりしませんが、佐賀藩の衣食住制限令のため、軟弱な地盤に対応するため、または台風対策のためといった説があります。

 川打家住宅には屋外に井戸跡や籾蔵(もみぐら)=凶作の年に備えて米を籾のまま貯蔵する建物=跡も復元され、当時の人々の暮らしを伝えています。。(志佐喜栄・多久市郷土資料館)

【写真】国指定重要文化財の川打家住宅。手前右側に籾蔵跡、左側に井戸跡が再現されている(多久市教育委員会提供)

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