<わたししかあなたを包めぬかなしさがわたしを守りてくれぬ四十年かけて>。戦後を代表する女流歌人の河野裕子が、乳がんの再発後に詠んだ一首である。夫を包んでやらねばとの思いが、逆に自分を支えてくれたという◆この人も、そんな思いであったろう。小林麻央さんが34歳の若さで亡くなった。彼女にとっての<あなた>は夫の海老蔵さんであり、幼い長女麗禾(れいか)ちゃん、長男勸玄(かんげん)ちゃん◆病を公にし、闘病の様子や家族への思いをブログにつづり、希望を失わず困難に立ち向かう強い気持ちを発信し続けた。一方で子どものそばにいてやれないつらさ、母親の役目を果たせない悔しさを吐露した◆今年2月20日のブログには「(幼稚園に)迎えにくるのが当たり前の母親に戻りたい」と書いた。5歳と4歳の子どもを置いて旅立つのは、どんなに心残りだったことか。海老蔵さんが団十郎を、勸玄ちゃんが海老蔵を襲名する晴れ姿を夢に見る思いもあったろう◆<さみしくてあたたかかりきこの世にて会ひ得しことを幸せと思ふ>。河野が死の前日に残した歌である。家族と出会えて幸せと思ったのは麻央さんも同じだったに違いない。彼女のヒマワリのような明るい笑顔、1人の女性、母として力強く歩んだ姿は多くの人の記憶に、何より2人の子どもたちの胸にきっと残るはずだ。(章)

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