耐恒寮の最初の開設地に立つ石碑と説明板=唐津市大名小路

 佐賀県が開催する「肥前さが幕末維新博覧会」に連動して、唐津市独自の明治維新150年事業もスタートする。幕末・明治の唐津を象徴するテーマとして「石炭産業」「建築」とともに唐津藩英学校「耐恒寮」を取り上げる。

 第1弾となる事業はその名も「耐恒寮講座」。同寮出身者で、唐津銀行を設立し鉄道、港湾整備に尽力した実業家大島小太郎の居宅だった旧大島邸(南城内)を現代版の学び舎として、11月以降5回開催する。

 唐津市が先に発表した「唐津8偉人」には辰野金吾ら5人の耐恒寮出身者が名を連ねる。唐津だけでなく、日本の近代化をけん引する人材を輩出した場として、その存在が改めて注目される。

 宮島清一・唐津商工会議所会頭は著書『耐恒寮の少年たち』で、彼らの足跡をたどりながら「明治維新をめぐる内戦に敗れ、自分たちの生きてゆく場、活躍する場をどこに見いだすか、逆境を乗り越えようとする努力の中で少年たちは力をつけ、おのおのの才能を開花させていった」と記す。

 講座は幕末・維新期の唐津藩を特徴づける出来事としてまず、旧幕府軍の一員として戊辰戦争を戦った新撰組に加わった唐津藩士にスポットを当て、徳川御三家や譜代大名が使ったとされるそぎ竹の門松作り、ゆかりの地探訪などイベントを交え、来年3月まで開催する。

 担当の市文化振興課は「唐津藩の独自性を第一義に、市民にもあまり知られていない歴史的事象を掘り下げていきたい」と話す。事業費を9月補正予算案に計上している。

 ■耐恒寮(たいこうりょう) 明治4年(1871)年、唐津藩知事となった小笠原長国が新しい時代の人材を育成するため城内に開設。高橋是清のもとで新しい学問の基礎となる英語を学んだ。財政難のため1年3カ月で閉鎖されたが、後に近代日本建築の先駆者となる辰野金吾、曾禰達蔵、実業家の大島小太郎、経済学者で早稲田大第2代学長の天野為之らを輩出した。

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