今は亡き名女優の沢村貞子さんに、かつお節にまつわる話がある。東京・浅草で生まれ、少女時代に関東大震災(大正12年)に遭遇した。地震で火災が起き、いよいよ逃げ出そうという時に隣家の乾物屋さんが「お貞ちゃん、これ持っていきなさい」。そう言ってとっさに、かつお節を2本持たせてくれた◆その後何日もさまよったが、沢村さんはそれをかじりながら飢えをしのいだという。発酵学者でエッセイストの小泉武夫さんは、この話に「かつお節の力をまざまざと感じた」と自著『食の堕落と日本人』で紹介している◆日本有数のカツオ水揚げ量を誇る静岡県焼津市の水産加工会社「新丸正」のかつお節が、世界一厳しいとされるEU(欧州連合)の食品衛生基準をクリアした。日本初のことだ。今夏からフランスへの輸出が始まった◆海や山に恵まれた日本。発酵食品のかつお節や熟成させた昆布、干すことでうま味が凝縮される椎茸(しいたけ)やいりこ。それらから抽出した出汁(だし)は、四季を彩る日本の旬の食材を引き立て、私たちの暮らしに深く入り込んできた。和食の神髄ともいえるのが出汁である◆そのうま味は欧米で「UMAMI」と表現され、甘みや苦味に並ぶ第5の味覚として人気が高い。「黄金の滴」といわれる出汁が、ますます世界の美食家たちの舌を満足させることだろう。(章)

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