呼子大綱引の初日、若衆たちが力を合わせて、「大人綱」の中心部となるミト作りに汗を流す=唐津市呼子町の呼子三神社前

ミト作りの終了後、呼子市民センター前では町内の小学生や園児による「子ども綱」が始まり、力いっぱいの勝負を繰り広げた

大綱引の会場周辺には、こいのぼりが掲げられ、旧暦の節句行事の名残を伝える

 港への道すがら、民家の庭先に時期はずれのこいのぼりが見えた。唐津市呼子町で6月の第1土・日曜に行われる「呼子大綱引」は、もともと旧暦の端午の日(5月5日)にちなんだ伝統行事。古老たちは今もこの日を「節句」と呼ぶらしい。

 「せぇーの、ヨイサぁ」。初日に当たる今月3日、大綱引の会場となる港の路地では、朝から男たちの掛け声が響いていた。翌日の「大人綱」に使う、「ミト」と呼ばれる綱の中心部を作っているのだ。

 飛び入りも含め、総勢千人ほどが引き合う大綱引だが、中心部では男たちが入り乱れ、ミトを自陣へ引き寄せようと、激しい争奪戦を繰り広げる。ミト作りは、そんな「けんか祭り」の様相を帯びた勝負の行方を握っている。

 「生まれ育ったのがここやけん、中学生の時分からずっと手伝ってきた」。差配する金田善明さん(52)は誇らしげに言う。ミト作りは代々、綱引きの起点となる呼子三神社前にある宮ノ町の受け持ちだ。

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 直径15センチ、長さ100メートルの巨大なロープを2本、「海軍結び」でしっかりとつなぎ、周囲を稲わらで覆った後、1畳ほどのむしろを何枚か縫い合わせたもので包み込む。ビニールひもで縦横に堅く締め上げ、さらに上に乗って踏み固め、左右に転がして形を整えていく。

 この作業を3回繰り返すと、高さ1.2メートル、長さ5メートルほどのミトができあがる。それは米俵を模したとも、かつて捕鯨で栄えた港らしく、鯨に見立てたともいわれる。海側の「浜組」と陸側の「岡組」に分かれ、その勝ち負けで大漁か豊作かを占ってきた大綱引を象徴しているようにも映る。

 10年ほど前まで、近所で食堂を営んでいた大山弘務さん(77)にとって、この日は年に1度、営業を再開する日でもある。ミト作りに汗を流す若衆たちに、昼食を届けるためだ。

 「ついこの間まで手伝いに行きおったけど、もう年やし、引退よ」と大山さん。まだビニールひもが普及する以前、手間のかかるわら綱作りからやったという世代だ。「やっぱ、港が一番盛り上がる祭りだけんな。昔は戦争のごとしおった。負けられんけんな」。沿道の民家の屋根にまで見物客であふれた往時をなつかしむ。

 あのころ、港には漁師が大勢いて、浜組は圧倒的な強さを誇った。それがいつしか、他の多くの漁村と同様、高齢化や後継者難といった問題に直面。宅地開発が進んだ岡組に勝てない年が続いている。

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 午前中いっぱい続いたミト作りが終わると、路地の向こうから、町回りの子どもたちのドラの音が聞こえてきた。午後一番で「子ども綱」が始まるのだ。若衆たちは今度は、会場警備へと散っていった。

 かつてはこうした若衆たちが、子どもの生まれた家々に采配棒を持ってお祝いに訪れたという。そんな時代の名残をとどめる伝統行事に、地域の、子どもたちに寄せる切実な願いがにじんでいるように思えた。

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