辞任は当然である。今村雅弘復興相が相次ぐ失言で事実上の更迭に追い込まれた。地元出身の大臣として期待されていただけに残念とはいえ、度重なる被災者を傷つける発言は許されようもない。

 今村氏は自らが所属する派閥のパーティーで講演し、復興の現状にふれながら「これがまだ東北で、あっちの方だったから良かったけど、これがもっと首都圏に近かったりすると莫大(ばくだい)な、甚大な被害があったと思っている」と述べた。

 なぜ、こうした発言が出るのか。まったく理解できない。

 現に目の前で苦しむ多くの被災者がいるというのに、首都圏に置き換えることにいったい何の意味があるのか。しかも、「良かった」とはどういう意味か。

 この発言の裏側には、地方をないがしろにする発想があるのではないかと思えてならない。

 東日本大震災は原発事故との複合災害だが、原発が建てられた場所は、いずれも都市からは遠く離れている。もしも、私たちが暮らす佐賀で原発事故が起きた場合、「これが佐賀で良かった」と言えるのか。それも復興の先頭に立つはずの大臣が発した言葉とくれば、被災者の怒りと絶望は想像に難くない。

 「東北で良かった」発言は、原発立地県に暮らす私たちにとっても、万一の事故が生じたときに国は被災者を切り捨てるつもりではないかという不安をかき立てる。

 しかも、今村氏は激高した4日の会見で、自主避難は「本人の判断、責任」と述べた。すでに国は十分に力を尽くした、ここから先は自己責任だと突き放したわけだ。

 それが本音だったのだろう。

 東京電力福島第1原発の事故では、いまだに多くの被災者が帰れずにいる。その数は福島県だけでも、推定で2万5千人に上る。

 だが、あの原発事故さえなければ、自主避難している人々はふるさとを離れずに済んだはずだ。原子炉が次々にメルトダウンした原発事故は、6年たっても終息のめどさえ立たない。

 福島県から避難した住民らが国と東電に損害賠償を求めた訴訟では、前橋地裁が「巨大津波を予見しており、事故は防げた」と結論付けている。国の責任がはっきりと認定されたわけで、その自覚があれば、「裁判でも何でもやればいいじゃない」という言葉が出るはずもない。

 これまでも復興トップがらみでは、市民感覚から懸け離れた失態が繰り返されてきた。

 民主党政権時代の松本龍氏は、岩手県知事に対する暴言などで、わずか在任9日で辞任に追い込まれた。今村氏の前任の高木毅氏は過去のスキャンダルが報じられ、その資質が疑問視され続けた。務台俊介政務官は視察で部下に背負われて水たまりを渡った。その上、「長靴業界はだいぶもうかった」とふざけて辞任した。

 復興トップ自身が、復興の妨げになっている。

 安倍晋三首相は今村氏の発言を謝罪したが、自らの任命責任は非常に重いと自覚すべきだ。この問題で国会が空転し、重要法案の審議への影響も出始めた。問われているのは、安倍政権の復興に対する姿勢そのものである。(古賀史生)

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