料理人の視点から唐津焼のよさを語った森次庸介さん

中里無庵さんが手掛けた唐津焼。森次庸介さんの祖父が68年前に購入し、旅館とともに歴史を刻んでいる=唐津市の料理宿「松の井」

ロビーには中里無庵さんらの唐津焼が展示されている。実際に料理を盛り付けて使うこともあるという

■旅館と歩む唐津焼 「使って楽しむ」実感

 実家の旅館が歩んだ歴史の半分以上を、一緒に歩んできた唐津焼があります。旅館の3代目だった祖父の廣信(故人)が68年前、長女を授かったことを祝って買いそろえた品で、人間国宝の中里無庵先生の器です。酒器や向付(むこうづけ)に使う皿など120点ほどが残っていて、料理を盛り付けて出すこともありますよ。

 私は4代目の父、源一(64)のもとで副料理長として働いています。父が厨房(ちゅうぼう)で仕事をする姿を見て育ったので、幼いころから料理が好きでした。野菜を切ったり、簡単な手伝いをしたり。跡継ぎになると決めたのは中学2、3年のころかな。ただ、幼稚園の卒園アルバムには、すでに「旅館を継ぐ」と書いてありますが。

 父は、吸い物の椀(わん)やデザートを盛るガラスの器を除いて、9割以上は唐津焼に料理を盛り付けているんですよ。私にとってはこれが日常で、当たり前の光景でしたね。

 料理人を目指して京都で修業していたころ、さまざまな器を見てきました。中には、美術館にあるような高価な器もあったけれど、故郷に帰ってきてあらためて、唐津焼がすてきだと思うようになりました。

 無庵先生の器の価値が分かるようになったのは唐津に戻ってからでした。父から「人間国宝の作品で、うちにしかない器だぞ」とずっと聞かされていたんだけれど、以前はよく分からずに聞き流していたので…。

 唐津焼は、豪華絢爛(けんらん)な絵が描かれた皿などと比べると、料理を盛り付けやすいと思っています。料理と器で一つのように思えますね。父は東京で修業したので、料理の雰囲気は私と少し違うけれど、経験は豊富。料理と器の両方を引き立てていて、勉強になります。

 飾って楽しむより、使って楽しむ器といえるのかもしれません。使うほど色合いが変わり、味わいも増す。今では「唐津焼じゃないと物足りない」とさえ感じるようになりましたよ。

 無庵先生の器は歳月を経ている分、艶がありますね。普段はロビーに飾ったり、倉庫に保管したりしていますが、実際にお客さまに出すときは、思い入れがある器なので気合いが入るし、緊張もします。

 人間国宝の作品はそれだけで貴重ですが、私たちがいいときも悪いときも見守ってくれていたのかなと想像すると、余計に大切に思えます。祖父から父へと伝わってきた家宝を大事に受け継いでいきたいですね。

旅館のロビーには中里無庵さんらの唐津焼が展示されている。実際に料理を盛り付けて使うこともあるという

=余録= 多忙な日々

 実家の旅館で働く森次庸介さんの仕事は、料理を作る以外にも仕込みや風呂の準備、フロント業務など多岐にわたる。そのため、3度の食事は隣の自宅ではなく、旅館で1人、急いで済ませることが大半。家族経営でそれぞれが忙しく、そろって食卓を囲むというわけにはいかないらしい。

 森次さんは振り返る。「普段はなかなか器を眺める余裕はないですね。でもその分、仕事に集中できているのかもしれません」

 空き時間には修業の一環で、器や料理の生かし方を思案し、創作メニューをフェイスブックで発信するときもある。「遠方の人だけでなく、地元の人にこそ唐津焼の魅力を知ってほしい」。そんな思いも込める。

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