パリのペール・ラシェーズ墓地の斎場で執り行われた野中元右衛門の没後150年慰霊祭=17日、フランス(提供写真)

■幕末客死から150年

 有田焼などが紹介された1867(慶応3)年の第2回パリ万国博覧会に佐賀藩から派遣され、現地で病死した商人野中元右衛門(もとえもん)の没後150年の慰霊祭がフランスのパリで開かれた。関係者や現地に住む佐賀県出身者ら約60人が参加し、志半ばで客死した元右衛門の功績をたたえた。

 佐賀藩はパリ万博に幕府や薩摩藩とともに参加し、有田焼や嬉野茶などを紹介した。元右衛門は、長崎でオランダと貿易を行った藩を代表する商人で、功を認められて武士に取り立てられ、佐野常民らと万博に派遣された。産品販売を担当する予定だったが、現地に到着した直後に病気で急死し、パリのペール・ラシェーズ墓地に葬られた。

 墓地斎場での慰霊祭は17日に神式で執り行われ、元右衛門が経営した野中烏犀圓(うさいえん)の13代当主野中源一郎さん(72)が慰霊の言葉を述べ、参列者が玉串をささげた。弦楽器や雅楽の演奏もあり、ドーム型の斎場は厳かな雰囲気に包まれた。参列者はその後、元右衛門の墓前で手を合わせた。

 これに先立ち、16日には佐賀大学特命教授の青木歳幸さん(68)らが元右衛門の功績などについて講演し、フランス語に同時通訳された。約120人収容の会場は満席になった。

 野中烏犀圓とともに主催したパリ佐賀県人会の陣内隆志さん(57)は「元右衛門の足跡がフランスの人たちにも伝わったのでは」と話した。

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